『時事評論』 2001年12月10日 2001・12月号  より

すべての道はローマに通ず
大分県知事 平松守彦


 小泉内閣の聖域なき構造改革は、国民の大方の支持を得て、これから始まる来年度予算の編成に当たって具体的な段階に入りつつある。
 我々地方にあっても、「官から民へ」「国から地方へ」を目指す小泉総理の構造改革には大賛成だ。しかし、道路公団の民営化をめぐって、高速道路を全面凍結して採算性の高い道路から優先的に事業を進めるという議論が中心になっているように見受けられることには、いささか疑問を持つものである。
 塩野七生さんの「ローマ人の物語\ 賢帝の世紀」で、属領出身で初めてローマ皇帝となったトライアヌス帝は、皇帝の責務として(1)安全保障(2)国内治安(3)道路、橋などのインフラ整備を挙げ、ローマから最辺境のドナウ川にまで石橋を架けてローマ領民が国内どこへも最短距離で安全に旅ができるように道路を整備した。この費用は国庫ではなく、皇帝公庫から支出した。つまり国土交通大臣を皇帝が兼務したようなものだ。「すべての道はローマに通ず」といわれているように、交通ネットワークの整備こそ、「パックス・ロマーナ」(ローマの平和)を成り立たしめた基盤であった。
 全国民が平等に利用できる高速交通ネットワークの整備は、国が自ら行う責務だ。だからこそ、明治、大正、昭和の政府は厳しい財政の中にあっても、北は網走本線から南は日豊本線まで、全国津々浦々まで鉄道を国費で整備したのだ。
 アメリカの高速道路総延長は88,000キロ、ドイツは11,000キロ、フランスは10,300キロだが、日本は6,800キロにすぎない。しかもイギリス、ドイツでは全額国費でつくられ、通行料は無料。日本の場合は高速道路を急いで整備するため有料道路方式を採用し、国費はわずか1割を投入しているにすぎず、通行料も外国に比べ高い。
 「景気が悪いから道路整備を凍結する」「採算性の良い路線からつくり、地方の道路は切り捨てる」「道路ごとに料金を設定する」といった議論は、道路整備が国の責務だという観点からは本末転倒と言わざるを得ない。小泉総理もローマ皇帝の哲学を理解してもらいたいものだ。