『時事評論』 2002年3月10日 2002・3月号  より

「地域力」と「社会力」
大分県知事 平松守彦


 かつてのベストセラーに赤瀬川原平さんの『老人力』という本がある。私は「老人力」ならぬ「地域力」ということを考えている。「地域力」とは地域の持つ潜在力のこと。
 地域力の対極は「東京力」。文字どおり物質文明を象徴する東京・首都圏の有するパワーのことだ。ディズニーランドや新宿、六本木のネオン街…。若者は東京力を求めて都会に出ていき、地方は過疎化、高齢化で活気がない。あるのは美しい森林と水だけだ、という自潮(ちょう)気味の声をよく聞く。
 そうではない。1997年に京都で開かれた地球温暖化防止京都会議で、森林の二酸化炭素吸収機能が排出権取引の対象となったり、森林から発散されるフィトンチッドが心身の健康に良く、森林浴やグリーンツーリズムが注目を集めている。
 大分県のくじゅう山系のふもとに湧(ゆう)出する男池湧水は、ミネラルが豊富で、水くみの人が後を絶たず、わざわざ福岡県からも水をくみに来るほどだ。今こそ森林や水、地域独自の文化などの「地域力」をテコに地域を活性化しようではないか。私の進める一村一品運動はまさに地域力を引き出す運動なのだ。
 「地域力」と並んで「社会力」という言葉もある。最近の青少年犯罪には目に余るものがある。これは今の若者に「社会力」がなくなっていることを示している。社会力とは社会生活の中でルールを守る心構えのことだ。幼児のころから社会生活でのルールを教え、「社会力」をつけさせないといけない。
 大分県は毎年夏、県内の小学生を船に乗せ、沖縄を訪問する「少年の船」を運航している。小学生はグループごとに高校生のリーダーのもと規律正しい集団生活を営む。出航時、心配顔の子どもたちも沖縄から帰るとたくましくなり、船で仲良くなった友達との別れ際に涙を流さない者はいない。この船を体験した小学生の私あての手紙には、もう一度少年の船に乗りたい、そしてリーダーとしてみんなの世話をしたいという願いが書いてある。これこそ少年の船を体験し、自然と「社会力」がついてきた証しだ。
 「地域力」と「社会力」。これが日本の将来を開くキーワードだ。