生年月日  大正13年 3月12日
本籍地 大分県 大分市

【略歴】
昭和16年(1941)  3月 大分県立大分中学校卒業
昭和18年(1943)  9月 第五高等学校卒業
昭和24年(1949)  3月 東京大学法学部卒業
昭和24年(1949)  4月 商工省入省(現・経済産業省)
昭和39年(1964)  4月 通商産業省(現・経済産業省)企業局産業公害課長
昭和40年(1965)  6月 通商産業省鉱山局石油計画課長
昭和42年(1967) 10月 通商産業省貿易振興局輸出保険課長
昭和44年(1969)  7月 通商産業省電子政策課長
昭和48年(1973)  7月 通商産業省基礎産業局総務課長
昭和49年(1974)  6月 国土庁(現・国土交通省)長官官房審議官
昭和50年(1975)  7月 大分県副知事
昭和54年(1979)  4月 大分県知事当選就任
昭和58年(1983)  4月 大分県知事再選就任  
昭和62年(1987)  4月 大分県知事三選就任
平成 3年(1991)  4月 大分県知事四選就任
平成 3年(1991)  5月 九州地方知事会長就任
平成 5年(1993)  6月 大規模林業圏開発推進連盟会長就任
平成 7年(1995)  4月 大分県知事五選就任
平成 7年(1995)  7月 全国高速道路建設協議会長就任
平成10年(1998) 10月 全国港湾整備・振興促進協議会長就任
平成11年(1999)  4月 大分県知事六選就任


【賞罰】
昭和57年(1982) 10月     ブラジル連邦共和国 イピランガ勲章受章
昭和58年(1983)  7月29日 最優秀プロデューサー賞受賞
昭和58年(1983) 11月25日 地域文化デザイン賞受賞
昭和61年(1986)  1月14日 経済界大賞特別賞受賞
昭和63年(1988)  6月 6日 ブラジル連邦共和国  クルゼイ・ド・スル勲章受章
昭和63年(1988) 12月 1日 「一村一品/ヒューマン・ブランド」で'88日本新語・流行語大賞特別功労賞受賞
平成 7年(1995)  8月31日 フィリピン共和国 マグサイサイ財団  ラモン・マグサイサイ賞受賞
平成 8年(1996) 11月12日 中華人民共和国 江蘇省南京師範大学名誉教授
平成 9年(1997)  2月23日 マレイシア・ケダ州 最高指導者王冠賞受賞(スルタン・アヴドゥル ハリム・シャーDHMS)
平成 9年(1997) 10月 2日 ブラジル連邦共和国 エスピリット・サンド州 ジェロニモ・モンテイロ勲章受章
平成 9年(1997) 11月20日 中華人民共和国 湖北省華中農業大学名誉教授
平成10年(1998) 10月 1日 中華人民共和国 甘粛省甘粛農業大学名誉教授
平成11年(1999)  9月28日 大韓民国 「世界観光の日」大統領表彰受彰
平成12年(2000)  8月24日 ロシア国立舞台美術アカデミア(RATI) 金メダル受章
平成13年(2001)  5月 4日 オランダ王国 オラニエ・ナッサウ勲章リダー章受章
平成13年(2001)  6月 9日 
ポルトガル共和国 インファンテ・ドン・エンリッケ勲章コメンダドール章受章
平成14年(2002)  9月    中華人民共和国 友誼奨受賞
平成14年(2002)  9月    中華人民共和国 陝西省人民政府国際高級経済顧問
平成14年(2002)  9月27日 中華人民共和国 江西農業大学名誉教授   



【主な著書】
『一村一品のすすめ』(ぎょうせい)
『グローバルに考えローカルに行動せよ』(東洋経済新報社)
『地方からの発想』(岩波新書)
『一身にして二生』(新潮社)
『私の連合国家論』(岩波書店)
『「日本合州国」への道』(東洋経済新報社)
『熱論合州国家・日本』(PHP研究所)

『地方からの変革』(角川書店)


【プロフィール】  
  東京大学法学部卒業(1949年)後、商工省(現・経済産業省)入省。産業公害、石油計画、電子政策の各課長を歴任。電子工業課課長補佐、電子政策課長(初代)時代にはIBMなど海外コンピューターメーカーの進出に対抗して、国策会社の設立や企業再編に奔走。国産コンピューター産業の基礎を築く。さらに情報処理振興法制定を担当、ソフトウエア産業の育成にも尽力した。昭和50年、当時の大分県知事に請われ、国土庁長官官房審議官から副知事として郷里に帰る。昭和54年大分県知事初当選。現在6期目。平成3年には九州地方知事会長に就任。
 県づくりの目標として県民所得の向上だけでなく、県民生活のあらゆる面で充足感を得られるGNS型社会(国民総充足度)の実現をめざす。就任早々、市町村長によびかけ、「一村一品運動」を提唱。「ローカルにしてグローバル」「自立自助、創意工夫」「人づくり」を三原則に、自信と誇りのもてる自立した地域づくりを展開。この運動は地域づくりに悩む全国の自治体に共鳴現象を起こし、全国に波及。一村一品ブームにのって、大分の麦焼酎「いいちこ・吉四六」が爆発的に売れた。昭和63年には「一村一品」「ヒューマンブランド」等の機知に富んだ表現でむらおこしの大きな原動力になった功績から「'88日本新語・流行語大賞特別功労賞」を受賞。
 一村一品運動は海外からも注目を浴び、中国、フランス、イギリス、アメリカ、ロシア共和国など各国とのローカル外交が活発化。特に、中国では上海市「一廠一品、一街一品」、江蘇省「一郷一品」、武漢市「一村一宝」、フィリピンでは「ワン バランガイ ワン プロダクト」、マレーシアでは「1K1P(サト カンポン サト プロダク)」、インドネシアでは東ジャワ州「バック ツウ ビレッジ」など、一村一品運動を地域づくりの手法として導入しているほか、韓国のセマウル(新しい村)運動と一村一品運動の交流も活発に行われている。
 平成6年10月21日「アジアの活性化と共生」をテーマに日本を含む10ヶ国、21地域の自治体の首長、議員、地域リーダーが出席し、別府市で第1回アジア九州地域交流サミットを開催。以後、第2回(平成7年)をフィリピンのマニラ市、第3回(平成8年)を福岡市、第4回(平成9年)をマレーシア、第5回(平成10年)を那覇市、第6回(平成11年)を中国の南京市と回を重ねてきた。本年(平成12年)は10月19日−21日に大分県別府市のビーコンプラザで開催。次回は平成14年にカンボジアで開催予定。一村一品運動を通じ、地域経済に貢献した業績で平成7年に「アジアのノーベル賞」と呼ばれるラモン・マグサイサイ賞を受賞。さらにアジア太平洋地域の人材養成をめざす立命館アジア太平洋大学を別府市に誘致、平成11年4月、開学した。
 地域活性化策としては、空港を核に先端技術産業を配置する「臨空工業地帯構想」や「テクノポリス」、ハイテクを活用した「マリノポリス」などの施策を展開。キヤノン、ソニー、日本電気など数多くの先端技術産業の誘致に成功。また「頭脳立県」「技術立県」を基本理念に、ソフトパークを建設し、ソフトウエア産業の集積を促進。高度情報化社会への布石としてハイパーネットワーク社会研究所の設立、県内を市内料金で結ぶ総合データ通信網「豊の国情報ネットワーク」を発足させた。
 また、2000年ミレニアム事業として、環境立県を提唱。全国の都道府県のトップを切って、国際標準規格ISO14001を取得、平成12年4月には優秀環境自治体賞(日本工業新聞社主催「第9回地球環境大賞」)を受賞した。
 スポーツ面では、2002年に行われる日韓共催のワールドカップサッカーで大分県が九州で唯一の国内開催地に選ばれ、そのメイン会場となる4万人収容の「ビックアイ」の建設が進んでいる。大分初のプロサッカーチーム「大分トリニータ」も設立。文化面では、平成10年に国民文化祭を開催し、その成果を引継いだ大分県民芸術文化祭を開催。世界的ピアニストアルゲリッチコンサート、アジアの若手彫刻家の登竜門となる大分アジア彫刻展、園田高広賞ピアノコンクール、野上弥生子賞読書感想文コンクールなどを主催、文化活動の拠点となる「OASISひろば
21」を建設。
 東京一極集中是正のために、「九州府構想」、「日本合州国」、「分権・分財・分人」など独自の地方分権論を展開。東京一極集中に対抗できる地域経済圏づくりをめざす太平洋新国土軸構想、新国土形成研究会(全国41道府県が参加)を提唱。「地方がよくならないと日本はよくならない」と主張する。



【趣味】
 
「読書」「ゴルフ」「早朝散歩」など。カラオケも得意。作詞家阿久悠氏との親交も深く、通産省時代から「阿久悠の歌を歌う会」を結成。氏に依頼して「豊後水道」をつくってもらい、地域イメージの向上にも一役買っている。


【座右の銘】
「継続は力」