著書『地方からの発想』(岩波新書・1990年9月初版)「X地方自治と地方分権」から
私の九州府構想  
大分県知事 平松守彦

 
 

 

◎地域連合を支えるインフラ整備を  
 一挙に九州府構想といかないのならば、これからは無制限に膨張する首都圏に対抗して、九州各県や瀬戸内海をへだてて中国や四国の間でヒト、モノ、情報が循環する経済圏、つまり四全総にいうインターブロック経済圏の構想をすすめるべきである。  
 この連合の形態として、たとえば(1)北大経済圏(北九州と大分を結ぶ。北九州の重厚長大型産業と大分・国東半島を中心にしたハイテク産業とのつながり。北大道路建設促進)、(2)日豊経済圏(日豊とは日向と豊後の意味。大分県南と宮崎県北地域とが一緒になって、東九州自動車道の建設などを促進する)、(3)西瀬戸経済圏(大分、宮崎、高知、愛媛、広島、山口、福岡を結ぶ。大分−愛媛−広島間は、62年5月、日本で初めての都市間コミューターが就航)がある。  
 大分県は高速交通ネットワーク時代を迎える。大分と長崎を結んだ九州横断自動車道は一部開通しており全線開通は平成5,6年頃に。北九州とを結んだ北大道路は平成4年度に全線開通予定。東九州縦貫自動車道は大分−津久見27キロの部分について現在、環境アセスメントの調査中で、平成3年に予定される国土開発幹線自動車建設審議会で整備計画路線に格上げされれば、開通が見込まれる。  
 情報網についていえば、前述した「豊の国情報ネットワーク」がつくられ、県内各地域の中心都市から大分市までが3分間10円の通話料金で済むようになった。  
 しかしこうしたネットワークができたことが、すぐに地域の活性化に結びつくとは限らないことだ。本州と四国の間に瀬戸大橋が架かり、さらに、もう2本の橋も建設中。3本も橋が架かると、四国は半島になってしまう。半島とは過疎の代名詞のよう にいわれている。下北半島、紀伊半島、薩摩半島、国東半島…。なぜ半島が過疎になるのか。それは高速道路が行き詰まりになるからで、道路ができれば人もモノもドンドン都市に流れるだけ。ストロー現象という。だから、本州から四国に橋を架けるのなら、四国から豊予海峡をトンネルで抜け、佐賀関に出て、大分から長崎に行き、長崎から新幹線で福岡、広島を経て岡山にいくというように循環交通体系をつくって、「ヒト、モノ、情報」を交流させる形をつくらなければならない。  
 大分県内でも、九州の小京都といわれる日田市には、九州横断自動車道が開通し、博多まで一時間で行ける。買い物にも楽に行けるようになった。そうなると日田の商店街が空洞化するのではないかという心配も出てきている。これからの10年間、各地域に魅力のある磁場をつくるというのが一番大きな問題だ。地域に魅力があれば、逆に高速道路を利用して都会からドンドン大分にやってくる。人が定住するということにもなる。逆ストロー現象を起こしたい。これが「地域構築の時代」を主張する一番の理由だ。  
 さて、循環交通体系だが、私はこれを東京までつなげたいと思っている。九州と四国を豊予海峡トンネルで結び、四国横断自動車道を通り、四国と紀伊半島は紀淡海峡トンネルで連結する。紀伊半島からは東海南海道路、伊勢湾口道路、第二東名自動車道を経て東京に至るルートである。これは第二国土軸構想といわれる。この構想の原型は、39年に日本の道路事情を調査するために来日した国連のワイズマン調査団のレポートにある。  
 この構想が実現すれば。地盤沈下傾向にある太平洋ベルト地帯を活性化させるとともに、本州、四国、九州を結ぶ循環型交通体系を基盤にした新瀬戸内経済文化圏の形成や九州経済圏の発展に極めて大きい波及効果が期待できる。四全総に基づいて、西暦2000年を目標年次にした九州地方開発促進計画のなかで、この構想が一応“認知”されている。  


◎豊かさを地域に求める 
 21世紀まであと10年である。エンジンを全開して、滑走路から離陸(テイクオフ)したい。目的地は21世紀である。  
 私はこの10年の目標を「真の豊かさを求める」ことにおきたい。  
 これからの社会はGNP中心からGNSへと移っていく。GNSという言葉は、のちにカーター大統領の特別補佐官になったコロンビア大学のブレジンスキー教授が使ったものである。私は通産省にいた頃、経済人や評論家たちと8人委員会なるものをつくり、そこにブレジンスキー教授を呼び、パネルディスカッションをした。  
 そのとき教授は、「これからの社会はGNP(国民総生産)一辺倒の時代ではない。GNS(国民充足度)を指向しなくてはいけない」という話をされた。国民の各界各層が、充足できるような社会をめざそうという意味だ。「充足」とは「豊かさ」と置き換えられる。
 「豊かさ」も「充足」も、その判断は人によって異なる。モノの豊かさは所得で計れるが、真の豊かさを計るモノサシはない。私は「それぞれの地域で安んじて老後が送れる」「それぞれの地域で生き生きとした人生が送れる」ことが真の豊かさだと思っている。高齢化社会を迎えるなかで、だれでも豊かに老いて安らかな死を迎えることができる。そんな社会をつくるためには東京はもう当てにできない。大分で生まれ育った人に、「東京は病院が近くにあって便利だから」と、老後を東京で暮らすよう にすすめても恐らく応じる人はいない。老後を豊かに送れるような地域をつくりあげるよう、努力しなければならないのだ。  
 平成2年4月に発表された県民所得(昭和62年)では、トップは東京の344万、沖縄が最下位で170万円弱。東京の半分という地域格差がある。しかし、所得が低いといっても、当時の為替レート・1ドル143円で換算すると福岡県がアメリカの国民所得(14,755ドル)を上回り、鹿児島はフランス(11,806ドル)、 イタリア(10,736ドル)より高い水準にある。むろん、大分県もフランスやイタリアよりも高い。


県民所得のOECD比較
 
62年度
千円
増加率
%
62年度
ドル
OECD主要諸国
(1987年、ドル)
1.東京
3,441
6.7
23,912
スイス 22,865
2.大阪
2,671
5.7
18,562
 
3.神奈川
2,661
7.7
18,492
 
4.愛知
2,595
6.8
18,033
ルクセンブルク 18,009
5.滋賀
2,464
6.5
17,123
 
6.京都
2,416
4.0
16,789
 
16.三重
2,216
5.1
15,400
日本 15,400
17.長野
2,210
5.7
15,358
 
18.群馬
2,203
6.8
15,309
 
19.石川
2,203
6.6
15,309
 
20.福岡
2,190
5.5
15,219
 
24.福井
2,125
2.9
14,767
アメリカ 14,755
25.宮城 
2,114
5.6
14,691
 
26.新潟
2,086
4.2
14,496
 
27.北海道
2,080
6.6
14,454
西ドイツ 14,276
28.山口
1,997
4.9
13,878
 
29.熊本
1,962
3.2
13,634
 
30.福島
1,950
4.0
13,551
 
31.大分
1,912
5.3
13,287
 
32.徳島
1,907
5.4
13,252
 
33.佐賀
1,903
5.0
13,224
 
41.岩手
1,791
4.4
12,446
 
42.和歌山
1,773
2.5
12,321
 
43.宮崎
1,771
3.1
12,307
 
44.長崎
1,742
4.2
12,106
 
45.鹿児島
1,719
3.2
11,946
カナダ11,958
46.青森
1,714
6.1
11,911
フランス 11,806
47沖縄
1,688
5.0
11,730
 
       
イタリア 10,736
OECDの計数はNational Accounts(1990年版)による。
換算レートは、1987年の国民所得の換算レート(1ドル=143.90円)を用いた。
経済企画庁「県民経済計算」

 しかし、フランスよりも高い生活実感があるかというと、それはない。なぜないのか。ヨーロッパを旅行すると、日本より所得の低い国でも、住民が週末をゆっくりエンジョイしている姿や、夏のバカンスを別荘で過ごす姿を見かけることは珍しくない。一日の勤めを終えたサラリーマンが夕方、子どもとのんびり庭の芝刈りをする風景も見かける。ゆったりした住居と美しい街並みがある。  
 日本の場合はフローに力を入れている反面、ストックがよくない。上水道、下水道、住宅とか、基盤となる設備が非常に劣っている。これからの時代は、もちろん所得をあげる努力はするが、真の豊かさを享受する努力をしなければならない。  
 要は人間の生きざまである。真の豊かさとは物的生活以外にも価値を見出すこと。つまり自己を磨き、自分の文化を持つ。加えて、自分の心の安らぎを見出だす。「自己文化」「自己安心」「自己努力」の時代である。  
 そのためには、それぞれの地域を豊かにしておくことが、その豊かさ、幸せを享受することにつながってくる。高齢者も、若い人も、自主自立の精神で、それぞれの地域に豊かさをもたらしてもらいたい。行政はそのお手伝いをしていく。そこには地域別の視点が求められている。  


 3つの挑戦 
これから大分県が取り組む3つの挑戦をあげる。

(1)「過疎への挑戦」−− 過疎より適疎の視点で
 第一は過疎への挑戦である。大分県は過疎だ過疎だといわれて、過疎率は全国で2番目だ。前回の国勢調査があった60年には2万人増加し、大分県の人口は125万人まで回復した。平成2年の国勢調査では4千人程度の減少になると予想している。人口の東京一極集中に加えて、出生率の低下がある。増えているのは大分市、中津市、それに町村では日出町、姫島村、挾間町、上津江村、三光村。だが、たんに人口が増えればいいというものではない。たとえ、過疎化がすすんでもそこにやる気のある人たちが増えればいいからだ。  
 上津江村は大分県西部にあり熊本と福岡に接している。渓流を生かしたフィッシング・パークをオープンさせ、親子で釣りやキャンプを楽しめる施設を建設した。ここの井上伸史村長は、「うちは人口が増えたいとは思わない。少ない人口であっても、いろいろな分野で活躍しようという人だけが残ればいい。過疎は怖くない」という。1つの見解である。  
 これまで過疎対策のなかで、一番見失われている観点は、「過疎」をどうみているのかということであろう。私は、「過疎」といわずに「適疎」だと思っている。過疎法(過疎地域特別措置法、平成2年4月)という法律がある。この法律にいう過疎の定義では昭和35年から60年までの間の市町村の人口減少率や、61年から63年の3年間の市町村の財政力といったものを基準としている。人間が何人減ったかというのも、たしかに過疎の尺度ではあるが、人口の減少よりその市町村に何人の人間がいるのが適当であるかろいうことを考えないと、ただ人間が増えればいいというだけでリゾート開発に突っ走ったら、住民はたまらない。
 大都市のベッドタウンの町村は、人間がどんどん増えて過疎から脱却したところもある。しかし町中がアパートやマンションばかりになってしまって、それでその町が豊かになったといえるのだろうか。  
 湯布院町なら湯布院町の適正人口を考え、この適正人口のなかで乱開発を防ぎ、ここは商店街、ここは学校地域、ここは観光地、ここは自然のまま残しておくという、いわば適疎計画をたてる。いままでの都市計画は人口が増加する地域を対象に、商業地域、居住地域と規制をしていた。むしろ今後は、これから開発が見込まれるところに、あらかじめそういう網をかぶせておくということをやっておかないと、人が増え た、過疎から脱却したといっても、問題を解決したことにはならない。  
 ヨーロッパに行くと、郊外に小さな町があって真ん中に広場がある。市場として機能したり、みんなが集まって政治を議論したりといった多機能の広場で、中心に教会があり、横に役場があり、周辺には店が並んでいる。そして広場を中心に放射状の通りができている。  
 仕事が終わって夕方になると、広場に集まって立ち話をしたり、お茶を飲む場合もあるだろうし、周りのバーで一杯ひっかけることもあるだろう。そうして日が暮れて、家で食事の頃にはサアッーと人がひいていく。 こういうゆとりある町や村がたくさんある。  
 そこで、大都市の土地の用途規制を目的とするシティ・プランニング=都市計画でなくて、これから開発が見込まれる市町村について、適正人口を想定してゆとりある まちのデザインを描くルーラル・プランニング=山村計画をつくりたいと考えている。



(2)「第二の挑戦、農林水産業の再生」−−農業企業家を育成
 大分県の農業所得は、農水省の発表では年間45万円。200戸から250戸の農家のサンプル調査だが、45万円というと月に4万円程度で、これでは農家の態をなさない非現実的な数字だ。これは専業農家だけではなくて、ほかに仕事を持ちながら片手間に農業をやっている農家も含めているからだ。農水省には少なくとも専業農家と農外所得の方が農業所得よりも多い二種兼業農家とを区別して発表してもらいたい といっているが、なかなか実現しない。中堅農家のなかには、1,000万円農家も必ずいるわけで、年間45万円では農業という職業は成り立たない。  
 一村一品運動は地域の特色をもった産品を作ろう、しかも世界市場に通用するものを、ということであった。大分県は平地が少なく、林野が総面積の7割を占め、高所ではトウモロコシが穫れ、海岸部ではザボンが穫れる。日本列島を垂直にした地形になっている。大山町は山間部にあり、狭い耕地。米をつくるのにたいへんな労力がかかる。しかも土地がやせていて収益率がよくない。そこで米をやめ、梅・栗を始めたと ころもある。その結果、高収益農業への転換がなされた。また、大分市農協「おおば生産部会」(11戸)では、平成元年度に年間11億4,200万円を売り上げた。1戸あたり、1億円を突破。地域農業の好事例である。  
 そこで平成2年に、県下を12ブロックに分けた地域別農業振興計画をつくりあげた。地域別に特色ある作物を選定し、これに磨きをかけグローバルにも通用する産品に仕立てあげ、高付加価値農業として再生を図るつもりだ。この10年間にいまの農業所得を2倍にしようと思っている。  
 これまでの日本農業は、総じていうと画一農業であった。米の増産運動から一転して、一律減反、一律買い上げ、全国統一補助金制度など。一律の補助基準で律すること自体が無理な話だ。国の援助措置は、なるべくメニュー方式で地方自治体に委ねることを提案したい。農家の政治離れがいわれるが、農業者の求めるものは自分たちの住む地域の農業の「明日が見える」ことだ。地域を離れて日本農業はない。
 農業後継者という言葉はあるが、農家の子どもで農業を継がないケースが多い。しかし、逆に都会でサラリーマンをしていて、これから農業をやりたいという人も多いはずだ。これからは農業後継者とならんで農業企業者、つまり企業家精神をもった農業者を育成していくことも必要だ。そこで大分県では平成2年6月に、全国から農業志願者を募った。2ヘクタールの農地と就農資金(年間200万円、3年間)を貸し付け、新しく農業を始めてもらう。就農資金は無利子で3年間据え置き、10年償還。農業経営が安定する5年後をメドに農地を購入してもらう。農地取得および農地造成に対する助成措置を講じており、平均3,200万円の農地が1,800万円程度でよい。募集人数は年間4人で、5年間で20人の就農者を予定している。平成2年の募集では、全国から42人もの応募があり、東京、神奈川、福岡など都市からの応募が目立ったのも特徴だ。農業に対する強い熱意の表れだろう。


(3)「インフラ整備への挑戦」−−公共投資の地方配分
 3番目の挑戦は基盤整備である。交通体系の整備についてはすでに述べた。そのほか、文化・スポーツ施設や新しい研究開発などの施設を作っていく。  
 その際一番大切なことは、投資対効果の考え方である。国の公共事業予算は単年度予算であるから、どうしても短期間における投資対効果の議論になりやすい。リニア新幹線においても、宮崎−大分間、札幌−千歳間よりも、東京−山梨間が先行するし、新幹線の整備においても、青森−盛岡間、博多−鹿児島間よりも、高崎−軽井沢間が一番手となる。これではますます東京周辺に公共投資が集中し、一極集中が加速されるだけだ。  
 政府は民活法(民間事業者の能力活用による特定施設整備促進に関する臨時措置法、61年)を制定し、民間資本の導入におおわらわだが、総理府の調査(63年)によると、1,000億円以上の民活プロジェクトは35件で、うち16件が東京周辺に集中している。東京湾横断道路、幕張メッセ、かながわサイエンスパークなど。めぼしいプロジェクトが東京圏に集中したことで、それがまた地価狂騰の原因にもなっている。  
 明治政府時代、日本の鉄道は名寄から鹿児島に至るまで、全国を網羅した。現在の九州や四国では、明治時代の鉄道路線の大部分がそのまま使われている。日米構造協議によってようやく政府は重い腰を上げ、公共事業10カ年計画を策定し、下水道や公園など社会生活基盤の充実に力を入れるようになったが、短期的な効率論ではなく、国家100年の大計にたって地方における基盤投資をこの際思いきって行うべきである。  
 「序」で述べたように、東京から大分までは飛行機で1時間40分、東京−福岡間1時間45分、東京−長崎間1時間55分、東京−宮崎間1時間45分、東京−鹿児島間1時間55分。しかし、大分から鹿児島までだと、特急電車で5時間30分、大分−宮崎間3時間20分、大分−長崎間は5時間。まさに分割統治(divide and rule)の典型である。  
 国の公共投資においても、地域からの発想にたってニューコンセプトで実施すべきではないだろうか。


 ◎グローバルに考え、ローカルに行動せよ  
 しかし、国や県の予算がいくら増額しても、地域住民がやる気を起こさなければ効果は上がらない。私が提唱した一村一品運動はいまや県民の意識のなかに深く浸透して、オーケストラでいうと1つのベースの音になっている。  
 これからは「一村一品運動」から「一村一文化」、さらには「一人逸品」へ。大分県民の一人ひとりが、小中学生も高校生も、農業者も経営者もすべての人が「なせばなるの精神」(キャン・ドゥー・スピリット)を持って、特色ある性格を磨き上げ21世紀に挑戦する。そしてグローバルに考え、ローカルに行動する人材を育てる。そのための行政である。その意味でこれから一番大切なことは教育である。それぞれの分野での人づくりを県民とともにすすめていきたい−−これが私の究極の目標である。