著書『地方からの発想』(岩波新書・1990年9月初版)「X地方自治と地方分権」から
私の九州府構想  
大分県知事 平松守彦

 
 

 

◎コロンブスの卵  
 大分県で行なってきた活性化の方法は、一村一品運動にしても、高齢者対策にしても、またハイテク企業誘致、テクノポリス建設、地域文化の創造などにしても、ほかの県でも市町村でも何らかの形で、行なわれているものであり、とくに珍奇なものというものではない。  
 私のことについて、『コロンブスの卵を生む男』という本を書いた人がいるが(徳丸壮也著、日本経済新聞社)、あとから考えれば当たり前と思われるものでも、アイデアを最初に実行するときには、勇気と努力と根気がいる。まさに「コロンブスの卵」であ る。  
 ただ、私がこれまで行なってきたことは、「地域からの発想」という1つの思想のもとで、各施策をバランスをとってすすめてきたという点ではユニークかもしれない。  
 それにしても、地域住民が自発的に行なう活性化事業には自ずから限界がある。  
 たしかに県民所得は昭和54年の37位から、31位(62年)へと向上したし、道路改良率(国県道の幅員5.5m以上)も42.1%から52.9%(63年)へ好転した。しかし、東京一極集中の流れのなかで、人口は60年国勢調査に比べ減少しているし、農業所得も低迷気味である。これからは地域からの発想にたった自主的運動とならんで、地方分権化を強く国に求めていく。また都道府県を連合した新しい地域経済圏の設定などを構築するためのインフラストラクチャーの整備など、全国土的視野にたった地方の活性化施策を国に求めていくことも必要になってくる。  


◎福沢諭吉の『分権論』 
 民主主義の特色は、価値の多様化、意見の多様化ということだ。しかし実際には政治、経済からファッションに至るまで、東京中心で動いている。この現実は民主主義の定着には好ましくない。戦後、地方自治が新憲法に盛り込まれ、地方の知事も選挙で選ばれることになったが、依然として3割自治か、それ以下に甘んじている。形は地方自治でも実体は中央集権制が続いている。東京にいかないと予算は獲得できない、本当の情報も手に入りにくい。こうした中央集権制を残したまま多極分散論をとなえても絵に描いたモチだ。  
 中央集権の是正策について、これまで地方制度調査会や臨時行政調査会などで、いく度となく論議された。しかし現状はあまり変わっていない。国と地方の権限配分、財源配分の問題はとうとう解決しないままに終わっている。国がもっと思いきって地方に権限を移し、大部分の仕事は県庁段階で決まるようにし、県は自主的な財源をもち、市町村が自主性をもった行政ができるような仕組みをつくらないと、今のままではますます東京と地方の格差が開くばかりだ。  
 このことを一番早くとなえたのは、少年時代を中津で過ごした福沢諭吉(1835〜1901年)である。  
 明治10年に出版された『分権論』には、こう紹介されている。  
  国権に二様の別有り、一を政権といふ。西洋の語、これをガーウルメント(government)と称
  す。一を治権といふ。即ち西洋に所謂アドミニストレィション(administration)なるものなり。  
 『「文明論之概略」を読む』(岩波新書)の著者・丸山真男先生によると、この考え方はフランスの政治学者・トックビル(1805〜1859年)の著『アメリカン・デモクラシー』から引用されたといわれている。福沢は「国の国権に、政権と治権がある」とはっきり区別している。
 「政権」とは、おもに中央政府のことで、「治権」というのが地方行政のこと。「政権」は「一般の法律を定ること」、つまり法律制定権や軍事権、また財源としての租税徴収権、外交権や貨幣鋳造権などで、これは国に集中すべきだという。  
 それに対して、「治権」とは人民の生活に密着したものであって、「国内各地の便宜に従い、事物の順序を保護して、その地方に住居する人民の幸福を謀ることなり」、つまり警察や道路・橋梁・堤防の営繕はもちろん、学校や社寺、遊園地の造成、衛生の向上など、これらを全部「治権」であって、できるだけ地方に分散させ、決して集中させてはいけないといっている。  
 よく会合などで、「行政と地域とが一体となってやるべきだ」とか、「地域の要求を行政に反映させなければならない」という。この場合の行政とは、この治権のこと。県庁はガーウルメントではなく、アドミニストレィションである。  
 徳川幕府が崩壊したのは、外国との折衝を薩摩は薩摩で、長州は長州でと別々にやって、日本のなかに何十もの政府があるのと同じだったからだ。だから、徴兵令や条約権、法律制定権などは国に集める。しかし、住民の周りのものは全部地方に分散させるべきだと、と福沢は言う。  
 そうはいっても、明治政府はなかなかそれをやろうとしない。   
  集権論者は常に提言して云く、政府の地方事務を取り扱ふは人民の自らこれを処するに
  優ると。    
 すなわち、中央政府が地方事務をやったほうが能率的だ。続いて   
  此説或は然らん。中央政府は独り開明にして地方の人民は全く無智、中央は神速にして地方
  は緩慢、中央は事を行ふに慣れて地方は命に従うに慣るるが如き有様ならば此説或は然ら
  ん。
 このようなことで、中央政府はなかなか地方に権限を渡そうとしない。しかしこんなことを続けるのは日本のためによくないと、繰り返し述べている。  
 では思いきって地方分権をしたらどうなるのか。   
  或は雑踏混乱をいたして、一時は人の耳目を眩惑することもあらんといえども、全国の地心
  たる中央の政府に政権の存するあれば、毫も憂るに足らざるのみならず、その雑乱と認むる
  ものは、即ち国の元気の運動して腐敗せざるの徴候なれば、これを賀し、これを祝せざるべ
  からず。政治の巧妙といふべし。(下線引用者)  
 つまり、もし思いきって国が地方に権限を委譲し、財源を分譲すると、地方は選挙などで一時腐敗が横行するかもしれない。また国が効率的に行うのと異なり、あるいは混乱が起こるかもしれないけれども、これは国が元気である証拠だから、少々の混乱があっても、思いきってこの権限は地方に委ねるべきであると強調する。  
 そうはいっても現実の問題としては、   
  治権の整頓に至るまでは10年を以て待つべからず、20年を以て期すべからず、恐らくは余が
  生涯の中にはその成功を見ることなかるべし。  
と、できないことも予言している。  
 地方自治制が始まって100年をすぎ、地方自治法が制定されて40年をすぎた。福沢は「自分が生きている間はできないだろう」といっているが、100年たった今でもできていない。  
 地方自治とは教育である。さまざまな試行錯誤を経て、地域住民が自らの意識を高め、自主的に地域の活性化を高めていくほかはない。そのために国は思いきった分権を決意すべきである。国の機関である地方制度調査会では、これまでいくたびか地方分権が論議され答申も出された。しかし、まさに「百年河清を俟つ」で 地方分権は遅々としてすすまない。「地方に権限を与えると何をやるかわからない。地方に財源を与えると何に使われるか分からない」という、国の地方への不信は今でも根強く残っている。  
 しかもわが国の場合は、中央では立法府と行政府とが密着しており、地方分権化については、中央官庁のみならず、立法府である国会においても、それほど積極的にはならない。なぜなら、中央官庁の権限が地方自治体に移ると、国会議員の役割がそれだけ少なくなり、地元住民からの陳情も減ると考えるからである。  


◎いまこそ九州府・九州議会構想 
 福沢が望みながら、今でも成し得ていない地方分権をぜひとも実現させたい。  
 といっても、「中央政府の権限を地方団体に移譲せよ」というのは、一度にできるわけではない。そこで具体例として私が考えているのが、「九州府・九州議会構想」 である。九州にある国の出先機関である財務局、通産局などを一本化して「九州府」 というものを設置し、トップには次官クラスの長官を置き、九州における予算配分など大幅な権限を与えたらよい。各地方機関を1つに束ねるのだから、人員、機構の増加にはならないし、二重構造にもならない。長官が1人増えるだけだ。  
 鹿児島新幹線が整備計画路線に入り、その着工順位を早めよという決起大会が福岡で開かれた。大分県はこの新幹線には直接関係はない。これまでだと「わが県は知らぬ」と見て見ぬふり。利害のある県だけがバラバラに活動し、「うちの県だけは何とかぜひ」と国に言ってきた。しかし「九州はひとつ」という観点からみて、大分県はこの大会に積極的に参加している。九州が一丸となって大運動を起こすことは画期的なことだ。この勢いを大切にして、次に大分・宮崎を通る東九州自動車道の早期着工要請のときは、鹿児島県や熊本県にも大いに応援をしてもらおうと思っている。  
 同じ九州といっても、西と東とでは利害が違う。また、県境を越えた調整が必要なものも多い。このためにも九州の真ん中に九州府を置き、そこに各県知事が集まり、長官のもとでいろいろ相談していく。霞ヶ関の権限をストレートに都道府県に移すのではなく、この九州府に移譲する。高松に四国府、広島に中国府といった具合いだ。ただし、全国一斉に地方府を置く必要はない。できるところから設置しておけばよい。
 まず霞ヶ関の権限を地方府に分配する。そのうえで次は、九州府の機能を各県に移譲するのか、またはそこから一挙に道州制に切り替えるのか、それは1つの選択肢である。私は民主政治とは多様性に価値があることであるから、各都道府県を一挙になくしてしまわないで、うまく調整すればよいと思っている。  
 この構想づくりには、ECの仕組みが参考になる。ECの機構にはローマ条約やパリ条約などの諸条約の内容を実施するEC委員会、ECの政策を決定するEC閣僚理事会、それにEC委員会やEC閣僚理事会から重要な事項について諮問を受ける欧州議会などがある。欧州議会はEC各国の議会の上にある議会で、各国から直接選挙で選ばれた518名の議員で構成される。主な権能はECの予算を審議することだが、EC委員会を解散させることもできる。  
 私は63年5月にEC委員会に招かれ、大分EC使節団の名誉団長として欧州議会を訪問。ECの仕組みを勉強してきた。  
 私の考える「九州議会」とは、各県から人口比で5人から10人の政財界人や学識経験者、一次産業、中小企業、サービス業や婦人団体、福祉医療団体などの代表で構成され九州国際空港の位置をどこにするのか、筑後川の水源配分や産業廃棄物処理など、県境を越えた問題について議論する。そして九州議会の提言を受けた九州府長官や各県知事が実行に移していくという仕組みである。  
 地域と地域が手をつなぐ「地域連合の時代」である。総論賛成、各論反対ではいけない。九州での大きなプロジェクトを、どういう順序で進めていくのか。それを九州議会で検討していくというのも1つの方法ではないか。