『毎日新聞』 2003年6月25日号より連載・全25回
2003年7月18日号<14>

地域の自立戦略【14】
「アジア九州経済圏構想」

〜実現へ第一歩に〜

前大分県知事 平松守彦


 記念すべき第1回アジア九州地域交流サミットは1994年10月21日、
大分県別府市の杉乃井ホテルで開かれた。温泉地・別府は海外でも有名だ
った。当時は海外渡航が制限されていた国もあり「別府に行きたい」という
要望はつよかった。

 10カ国21地域。九州各県知事、九州・山口経済連合会、それに各国の首相
と知事ら関係者だけで約150人。それに大勢のマスコミも詰めかけ、大変
な盛況だった。広域交流を目指した「九州アジア経済圏」の可能性を探る各
国のりーだーたが、一同に会した光景を見て、提唱した私は感無量だった。
しかし、喜んでばかりはいられない。会議を成功に導き、今後の発展に結び
付けなければならないからね。

 全体のテーマは「アジアの活性化と共生」だった。基調講演は私ではなく、
マレーシアのマハティール首相が「アジアの共生」という題で講演した。少
々長いが一部を紹介したい。

 首相は「九州は日本の四つの島で、地理的にアジアに最も近く、固有の文
化にアジア、ヨーロッパの文明も併せ持つ独自の文化を築いた。平松知事は
九州のリーダー一人で『グローバルに考え、ローカルに行動する』考え方を
示した。各国のリーダが参加したこのサミットそのものが『地球規模で考え、
地域レベルで行動する』姿勢の表れだ」と強調した。

 続けて、「アジアは一つ、世界も一つ。日本がアジアの一員であることは
事実だ。私が提唱するEAEC(東アジア経済会議)に日本の参加を求めた
い。それが東アジアの共生、互助、緊密で意義深い関係への一歩になる」と
訴えた。

 私が「EAEC構築は時間がかかる。まず地域間交流を深めるのがいいの
では」と質問すると、マハティール首相は「時間がかかっても作りたい。そ
れが世界経済に必ず役立つ」と、「アジア人のアジア」を強調した。

 その時、私は「このサミットが長く続けば、将来、EAEC構想実現への
一つの契機になるのでは」と予測した。

 9年経った現在、経済機構想は「アセアン・プラススリー」という姿を見
せつつあり、小泉純一郎首相が40億ドルを拠出して、いわゆる「アジア投資
基金構想」がまとまりつつある。


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