第29話
県民性が地域を変える
−伝承の気風、息遣いをバネに−




〈国民性と県民性〉

 「お国ぶり」という言葉があるように、それぞれの国には、そこに住む人ならではの特色が見受けられる。ご存知の方も多かろうが、映画でヒットした「タイタニック号」をネタにしたジョークにこんなのがある。
 タイタニック号が沈没する時、救命ボートが乗客全員を収容する数だけなく、やむなく船長は、女性のみをボートに乗せ、男性は海へ飛び込んでもらうことを要請した。
 アメリカ人には「女性優先(レディー・カムズ・ファースト)。あなたは西部劇のジョン・ウエインのようなヒーローになる」、彼は喜んで海に飛び込んだ。イギリス人には「ジェントルマンシップが英国人の誇りです」。ドイツ人には「女性優先は海難時のルール。ドイツ人はルールを守る民族です」。
 最後に日本人客が来た。「各国みんな女性優先」と言うと、「みんなそうなら仕方ない」と男性客は海へ。いささか、日本人にシニカルな見方だが、各国の国民性をうまく衝いている。
 福沢諭吉が「文明とは人民の気風だ」と述べている。たしかに国により共通の気質があるように思われる。
 それでは一国内の地域性、日本でいえば県民性と呼べるものがあるのか。
 日本は単一民族、単一言語、単一文化だとしばしば口にされるが、果たしてどうだろう。明治以来、日本は欧米先進国に追いつけ追いこせと、『坂の上の雲』(司馬遼太郎)をめざして経済成長を遂げた。地域の多様なローカリティーを抹消し、等質的な都市づくり、どこも同じ生活文化、同一教育レベルの人づくりで、世界に冠たる経済大国になった。その一方で、地域の持つ個性が失せ、冒頭のジョークの日本人のように、県民気質も横並びになり、金太郎飴のように等質化してしまったように感じている。
 だが、よくみると日本文化も、なお東日本、西日本では異なり、地域ごとに文化圏が形成され、特に山に囲まれた盆地には、独特の住民気質が育まれている。
 価値の多様化の時代、グローバル思考で個性あるローカルな地域づくりをする時代。今こそ昔から伝承された県民性、気風、息づかいを地域づくりのバネにしてゆくことが必要だ。

 

〈県民意識は存在するか〉

 NHKが実施した「全国県民意識調査」(1996年)によれば「自分の住む都道府県の人びとのものの考え方には、ほかの県の人びととは違った特徴がある」とする人は、全体で44%と半数に満たないが、沖縄では72%。低いところでは兵庫22%と地域に開きがある。県民気質ありと多くの人が認めるのは、沖縄、北海道、東北、日本海地域、高知、九州南部といったところだ。
 現在の県は、明治4年(1871)の廃藩置県以降幾多の変遷を経て今日の姿になった。流出入の激しい地域では県民意識が稀薄なところもあるが、総じて幕藩時代の気風は今日まで人の心に残存しているように見える。
 大分県民性は「淡白で何事もうけ入れる柔軟性をもつ」と言われる(武光 誠「県民性の日本地図」)。九州人は一般的に頑固、義理人情にはあつい。これが通説だが、大分だけはやや九州人的でない異色なところがある。
 大分は、地理的に瀬戸内海に面し、大阪商人との取引があったことや、16世紀、キリシタン大名大友宗麟(1530−87年)の時代、南蛮貿易でポルトガルとの交易拠点であったことも影響しているようだ。また秀吉によって所領が細分化されて以後、明治まで小藩分立の時代が続いた。「排他的、利己的、協調性を欠く」という県民性もここから来たし、「赤猫根性」という「人の足を引っ張る」ことを意味する特異な言葉もある。

 

〈県民性を地域力へ転化〉

知恵をしぼった地域づくりが続く湯布院町。後方は由布岳(豊後富士)=大本卓さん撮影
 ただ、県民性とされるものは、しばしばマイナス面が強調されたり、嘲りが含まれたりする。「赤猫根性」という言い方も、大分県人は決して大勢順応型でなく、自己主張が強いという傾向の逆説的表現なのだ。実は、こんな県民の特性を積極的に再評価するところに「一村一品」運動の原点もある。
 その結果、各種の第1次産品からIT時代の先駆的役割を果たす情報通信の「コアラ」(大分市)の活動、大山町のCATVによるマチづくり、湯布院町の知恵を絞った地域づくりまで様々な試みがなされている。「一村一品」運動が「県民の隠れた積極性を行政からうまく引き出した好例」(祖父江孝男「県民性の人間学」)とされる所以だ。
 大都会には、文化・スポーツ施設、ショッピングモール、大型レジャー施設など若者を惹き付ける「都市力」がある。その代表は「東京力」である。
 一方、「環境の世紀」を迎えた現代になると、山林のもつ地球温暖化抑制効果が再認識され、自然湧水はミネラルウォーターとして一躍ブランド商品となり、無農薬野菜は都会の人びとに喜ばれる。農山漁村には都会にない「むらの命」ともいえる「地域力」がつきはじめた。地方独特の県民性こそ、「地域力」の根源で、これを土台に文化や特産品が生まれて来る。
 さらに細見すると、同じ県内でも土地土地で固有の文化を持ち、気質も異なる。現在、地方分権の受け皿として市町村合併論が全国で盛んだが、昔ながらの異なった特性を、合併を機に、新しい「地域力」として生まれ変わらせることが出来るかどうか、行政の頭の働かせどころである。

(大分県知事 平松守彦)


読売新聞9月21日号より






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