第22話
カボチャの国
風土に生まれた産品の見直しを



よみがえる平和
  福岡空港で冬服を夏服に着替え、バンコク経由でカンボジアの首都プノンペン空港に到着したのは1月19日夕方だった。ホテルまでの沿道には、裸電球の灯の下でマンゴー、スイカなど果物類や小瓶に入ったジュース類を並べた夜店が並び、子供や女性が三々五々、店を冷やかしている。
  1975年〜79年、ポル・ポト政権下、数百万人の死者を出したといわれる恐怖政治。それは「人種、宗教、部族、そして思想が違うという理由だけで、人間は人間をまとめて抹殺しようとする。だが、都市に住んでいた者、技術をもつ者、知識人、学生、僧侶などが一まとめに国家の敵とされ、大量処刑された例はカンボジアを除いてほかにはない」(ルオン・ウン著「飢餓と虐殺の恐怖を越えて」)
  国名もクメール共和国から民主カンボジア(ポル・ポト)、カンボジア人民共和国、カンボジア国、そして今日のシアヌーク国王の下での「カンボジア王国」と政変のたび変わった。ここにきてようやく平和と安定が訪れようとしている。街の表情を車窓から眺めていると、映画「キリング・フィールド」の風景と思い比べ、何かホッとした気持ちにさせられた。
  平和はそれ自体が、私たちにとって、かけがえのない貴重な財産なのだ。

調査団、大分へ
  中根敬一氏は45歳。ジェトロ(日本貿易振興会)カンボジア駐在の海外投資アドバイザーで、日本からの技術、経済援助についてコンサルタントの役を受け持っている。昨年10月、別府市で開催された「第7回アジア九州地域交流サミット」に、政府首脳を説いて、ソク・アン官房長官をはじめ、大調査団を送った。
 繰り返された内戦や地雷接触などで成年男子の多くが死亡した。復興には女性の力が頼りだ。
 イン・カンサ・ファーヴィ婦人問題・退役軍人省長官(女性)やシアヌーク国王の長男ノロドム・ラナリット殿下(国民議会議長)の伴侶であるマリー・ラナリット妃殿下も同行され、地域おこし女性グループとのフォーラムに出席、意見を交換された。
  また、世界三大仏教遺跡のひとつ、アンコール遺跡群の所在するシェム・リアプ州知事も来県。現在40万人の観光客をどうやって増加させるか、年間380万人が訪れる湯布院温泉を訪問し、中谷健太郎・町観光協会長に教えを請うた。「大分での日々はとても刺激的だった」と帰国後、彼は私に手紙を寄越した。


「一村一品」化が期待されているシルクの織り物をみる関係者
(フノム・チソ開発センターで)
援助資金ではなく知恵を
 翌 20日、トップセミナーで講演した。その後の記者会見で地元の記者から「昨年1月、小渕前首相は20億円の無償資金協力を約束した。大分県はどのくらいの援助を持ってきたのか」と質問を受け、私は「持ってきたのはお金ではなく『一村一品運動』という知恵だ」と答えた。
 つまり、こういうことだ。数世紀にわたってフランス、中国、ベトナム、タイに支配されたこの国の人たちにとって、古来からの文化とアイデンティティーの復活が復興の礎である。12世紀、この地に栄えたクメール文化、メコン流域の風土より生まれたシルクをはじめ、ローカルな特産品をいま一度新しい視点で見直し、グローバルな評価まで高めることが欠かせない。そのために一村一品運動の手法を用いるのなら、大分の人々もカンボジアの人々に十分お役に立てる・・・。
  すでに日本政府からの開発支援と並んで地域住民間、またNPOによる支援活動が始まっている。大分市内のライオンズクラブはプノンペン郊外にあるルッセイケオ小学校校舎(鉄筋瓦ぶき5教室、4トイレ)の建設資金380万円を寄付、昨年3月竣工した。また、アンコ−ル遺跡復興事業には日本の女子大生がボランティアとして参加しており、現地で彼女たちから話を聞いた。
 だが、この国の人たちの自立と創意工夫による文化の創造からこそ、真の国づくり、地域づくりは始まる。

カボチャの渡来地

伝統工芸品のカボチャの置き物(銀製)
 フンセン首相より銀製のカボチャの置物をいただいた。伝統工芸品の一つである。
 日本へのカボチャの渡来は、天文年間にポルトガル船がカンボジアから豊後国(大分)へ持ちこんだのが最初で、名も国名から取ったとされる。天保飢饉の時、大分出身の農学者大蔵永常(1768〜1860)は、米の代りにカボチャ飯の炊き方を教え、栽培を奨励した。(朝日百科「植物の世界」第7巻)
 「一村一品は言霊(ことだま)の世界です。ISSON IPPIN の発音が人に勇気と自信を与える」と中根氏が車中で私に語った。カンボジアと大分は古くから、カボチャを通じて助け合う仲だったに違いない。

(大分県知事 平松守彦)


読売新聞2月16日号より


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