歴史小説の世紀

戦後傑作短編55選

「新潮」五月臨時増刊

私の好きな

歴史・時代小説ベスト1

『王の挽歌』

遠藤周作▼著

平松守彦

 遠藤周作さんはカトリック作家として第一人者であろう。キリスト教信仰の在り方を執拗なまでに自己に問いかける姿勢は、『沈黙』(新潮社)『深い河』(講談社)に貫かれる。

 私は、大分のキリシタン大名・大友宗麟の生涯を小説にして欲しいと思っていた。というのは、私は宗麟をNHKの大河ドラマに取り上げてもらえないかと依頼したことがあるのだが、宗麟は知名度が低く、著名な作家の原作がないと難しいと断られたことがあるからである。

 そこで、遠藤さんにご執筆をお願いしたところ、快く引き受けてくれた。ところが、「強い戦国大名ではなく、天国と現世のはざまで懊悩する弱い武将になりますが、それでよいですか」と念を押され、『王の挽歌』(上下二巻、新潮社)を出版された。

 大友宗麟は国東半島杵築にある奈多神社の神官・奈多鑑基の娘を嫁にした。当然ながら、キリスト教には猛反対だ。妻とのいさかいが絶えず、一方勢力を伸ばし続けた大友も、島津軍から攻めたてられ大敗が続く。

「余のごとき者には、何かにすがらねば安らぎを得られぬ」

 禅を捨ててキリシタンにすがるのは、自分が弱い人間だと知っていたからだ。「主よ、私は疲れました」と祈る度に神に話しかけた。やがて、心の静かさと魂の平穏を祈り、理想王国を築こうと決意。宣教師らと数百人の将兵をつれ、海路・臼杵から日向(宮崎)に向かい、延岡の無鹿に本営を築く。教会や司祭館建設に取りかかるが、これも島津軍との戦いで総崩れになり、以後、大友は崩壊していく。

 本書は歴史小説の形をとっているが、家庭小説とみることもできる。妻との仲たがい、別居、離婚、子どもたちが二人のどちらにつくか。さらには二代目か三代目の社長のごとく、経営者の苦悩もみられる。中小企業の経営がうまく行かず、親会社の豊臣秀吉に助けを求めに行くが断わられ、最後は領地を没収。親会社に見放された企業が倒産していく姿に似て、悲哀感が漂う。

 遠藤さんは取材のために何度も来県され、その頃の体験を書かれたエッセイがある。

 「城下カレイ」で有名な日出町の屋敷内の空き地にしゃがみこみ、「はて、昔、この前に広がる海や山を見たことがある」と思った。二年後に同じ場所にしゃがむと、また同じ思いにとらわれた。同行者から「先生の前世はこの町に住んでいたのではないか」と言われ、輪廻転生かと驚いたそうだ。(『その夜のコニャック』(文春文庫))。

 もうひとつ。遠藤さんはユーモアの精神に富み、その延長で素人オペラ劇団「樹座」を主宰。1991年、「樹座」が大分で開催された全国生涯学習フェスティバルに『蝶々夫人』を上演することになり、私に「ピンカートン役で出演しろ」と言う。お断りもできず舞台にたったが、あれほど冷汗をかいたことはない。

 さて、この『王の挽歌』はまだドラマ化されていない。作品全体を貫く「神と人間」の悩み、内面を映像で描くことが難しいのだろうが、一度ドラマ化したいという私の執念はまだ消えていない。