讀賣新聞 10月1日版より

地域活性化文化(上)

●第13回国民文化祭を前に●

大分県知事 平松 守彦


「まち」や「むら」の持つ気風こそ大切

 十月十七日から十日間、「第十三回国民文化祭」が大分県下三十二の市や町を舞台に開催される。民謡、オペラ、歌曲、絵画など各ジャンルごとに全国から文化団体の方が集い、お国自慢の郷土芸能や、地域文化の交流が行われる。「二十一世紀へ文化をおこす豊の風」が大会のテーマだ。
 右肩上りの高度経済成長、バブル経済が崩壊し、二十一世紀は「文化の時代」。これからは高齢社会の到来で、人はいかに充実感を持って生きるかを求める。GNP(国民総生産)社会からGNS(国民総満足度)社会への転換である。
 同時に国の「ありよう」も中央集権型国家から地域の特色を生かす地方分権型国家へ移行がすすむ。国民文化という名の均一的文化より地域特有の伝統芸能が見直され、地域住民が自らの手で地域独自の文化を創造し、情報発信する時代がやってくる。

第3回大分アジア彫刻展
(1997年10月16日、大分県朝地町・朝倉文夫記念公園で)

★地域文化とは

 ところで地域文化とは一体何だろう。
 一般に「地域文化」というとお神楽、民謡のような地域の伝承文化を連想するが、それだけではない。私は、「まち」や「むら」のもつその地域ならではの気風というものが「地域文化」ではないかと考える。
 たとえば温泉で有名な別府の背後地にある湯布院町。朝霧に沈む盆地の町。由布岳、金鱗湖、美しい自然にめぐまれた人口一万一千六百人の温泉宿の町。それがいまや年間三百九十万人の観光客を集める。「地域おこし」代表格の町として喧伝されるようになった。
 かって高度成長期ハシリのころ、ゴルフ場開発計画に反対した若者たちが自然環境を守りつつ、観光客の心を癒すやすらぎの里づくりをめざした。春先には辻馬車が菜の花畑を走る。夏には蛍が飛び交い、映画館が一軒もないことを逆手にとって、湯布院映画祭や由布岳の麓での「牛喰い絶叫大会」が開かれ、宿では農家と契約栽培したクレソンや地鶏鍋が料理に出され、自然の庭園が都会からの宿泊客の目をなごませる。私はこの町づくりこそ、地域文化の創造と考える。
 大分県中津市で成人した福沢諭吉は「文明論之概略」の中で「文明とはその国を制する気風」であると断言している。飛騨高山の町、山陰津和野の町を訪れた人は街のたたずまいや、そこにしかない文化遺産、料理に惹かれる。まさに地域文化とのふれあいが、心にやすらぎをもたらすのだ。

★「一村一品」から「一村一文化」へ

 私は一九七九年知事に就任したとき、それぞれの町や村で、自分たちの誇りとなる産品をつくり出そうと「一村一品」運動を提唱した。
 今日まで「麦焼酎」や最近では「関アジ・関サバ」など全国ブランドにまで成長した産品もある。「梅・栗植えてハワイに行こう」のキャッチフレーズで有名になった大山町は、「大山領事館イン福岡」と称するアンテナショップを福岡市に開店し、大山産品の情報発信をしている。
 産品だけではない。日本彫刻界の第一人者朝倉文夫を生んだ朝地町では二年おきにアジア彫刻展を開催している。今年で四回目。韓国、マレーシアの新人の登竜門として作品応募があり、作品は朝倉文夫記念公園に展示され、「彫刻の町」が山村の里に出現した。
 さまざまな運動のすべてが成功したわけではない。道半ばのものもある。肝心なことは、東京一極集中の流れの中で、地域に暮らす若者に誇りを持たせ、地域とのアイデンティティー(一体感)を抱かせ、新しい風をその街におこしたことである。「一村一品」は「一村一文化」運動なのだ。
 土地を離れて文化はない。文化はすぐれて地域的なものである。我々は日本文化、国民文化を論じることに、熱心だが、もっと地域という視点から文化や文化活動を考え直す時期に来ている。大分の国民文化祭ではその点をアピールしたい。


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