都道府県展望(11月号)より

 巻頭随想

分権国家の形態

大分県知事 平松 守彦


 地方分権一括法が成立し、地方分権が大きく一歩前進した。しかし、これをもって
地方分権が実現し、終わるわけではない。真の分権社会ができるかどうかはこれから
の取組み如何にかかっている。
 今後国から都道府県又は市町村への権限委譲が進められるが、『硯滴岩を穿つ』と
言う言葉のように、中央から地方に権限という滴を一滴づつ落とすだけで中央という
巨岩が穿かれ、その彼方に地方分権社会が現出するかといえがそうはならない。
 私は分権の三要素として、「分権」「分財」「分人」をあげている。真の地方分権
の姿は、国に頼らず、地域からあがった税金でその地域の福祉、公共事業、教育、総
ての行政サービスがまかなわれることである。これが地域の自立であり、地方自治で
あり、地方分権の真の姿である。したがって、権限だけ国から地方に委譲されても、
財源がそれに伴わず、現在の三割自治のままであるならば、依然として国のイニシア
チブによる行政が行われるだけであり、真の地方の自立にはつながらない。
 同時に、優秀な人材の確保、つまり「分人」も必要だ。権限委譲によって、介護保
険など地方に新しい事務が増えると、それに伴って、権限を適正に執行する能力をも
った人材が必要になる。地方分権を進めれば進めるほど、自治体の人員が増えること
になる。一方、中央官庁は簡単には人を減らさない。このままでは、トータルでみれ
ば行革の流れに反することにならないか。
 ところで、「分財」と言う言葉は福沢諭吉が明治十年に著した「分権論」のなかの
言葉である。福沢諭吉は国(中央)の仕事を国防、通貨、外交に限定し、これをガウ
ルメントと言い、残りの公共事業、教育、衛生等は地方の事務(アドミニストレーシ
ョン)として分けるべきであることを説いている。さらに諭吉は分権と並んで「分財
」(地方への財源委譲)の重要性を指摘しているが、明治時代の統計が十分でないの
で、これについては議論できないと嘆いている。もし諭吉が今いれば、どんな「分財
」案を唱えただろうか。
 いずれにしても、真の分権のためには、国税、地方税を一本化して地方が徴収し、
地方が必要な財源を差し引いた残りを国に上納する方法、すなわちドイツにおける共
同税方式が一番ふさわしい。今日、税の徴収面でみれば国税6に対して地方税4の割
合となっているが、支出面からみると、国の4に対して地方は6と逆転する。これは
国税として一旦国に徴収された税金の一部が交付税として地方に還流されるとともに
、道路や港湾、農業基盤整備などの事業には国から補助金という形で支出されるため
である。これからは税の徴収方法を国が地方分を含め徴収するやりかたを改め、国税
、地方税のすべてを地方が徴収し、その地方に必要な支出を差し引いた残りを国に集
めて(原則として地方6・国4)国が独自事業に支出していけばよい。
 しかし、現在の3,252の市区町村や47都道府県だけで、その圏域内で徴収し
た税で必要な支出をまかなうことは、一部の富裕な地方団体を除いてできない。この
ため、市町村の合併を進め、全国の都道府県は7〜10ブロックに集約し、道州制に
移行する。たとえば九州が8県を統合して九州府を置き、九州府が税を徴収し、必要
な支出を差し引いたり残りを国に納める。現行の中央官庁の縦割り予算編成システム
だと省庁間のシェアが厳然ときめられているため、公共事業予算を節約して、福祉の
予算に回すといったことは不可能だ。九州府が一括して財源を徴収し、支出できるよ
うになれば、九州府長官が予算をどの程度公共事業に回すか、福祉に回すかを決めれ
ばよい。予算の弾力的な運用、地域住民のニーズにあった行政ができるようになる。
 真の「分権」、「分財」を実現するには、地方分権の受皿となる市町村の合併や道
州制への移行が必要であり、それも全部同時でなくてもよく、九州府あたりからやっ
ていけばよい。分権国家の最終形態はUnited States of Japan
日本合衆国の実現である。