読書のひろば新刊ニュース 1997/9 no.566より

心に残る一冊/平松 守彦


*福沢の思い



 私は戦後復員し、大学時代に丸山眞男先生(1914〜96)の東洋政治思想史を聴
講した。斬新な視点で語られる講義はいつも楽しみであった。昭和二一(1046)年、
雑誌『世界』に掲載された論文「超国家主義の論理と心理」は、戦前戦中の日本のウル
トラナショナリズムを分析されたもので、戦後知識人の蒙を啓いた。
 時は流れ、昭和六二(1987)年六月、国東半島の三浦梅園(1723〜〜89、 自然哲学者)旧宅や、中津市の福沢諭吉(1835〜1901)旧居などの視察のため に来県された。私は大分県知事として、東京大学を退官された先生と再会し、学生に戻っ た気持ちで、ゆっくりと楽しく話を伺うことができた。
 丸山先生は、「福沢惚れ」を自称されるほど、福沢諭吉研究の第一人者であった。福 沢が明治八年に著わした『文明論之概略』は名著といわれているが、文体が古く、若い 人には解りにくいところが多い。この『概略』を新しい視座で解説したのが、『「文明 論之概略」を読む』(岩波新書、上・中・下)であった。「感溺」を排し、複眼的思考 の大切さを解き、「文明とは気風である」という福沢思想の真骨頂を説明する。
 『概略』にはリズムがある。『概略を読む』の中で、先生は声を出して読めと勧めて いる。「政府は政府たり我は我たり、一身の私に就ては一亳の事と雖も豈政府をして喙 を容れしめんや」。ハリのある文章だ。

 先生との対談で、日本で初めて地方分権を主張したのは、福沢諭吉の『分権論』(明 治一○年)だと教えてもらった。中央政府は通貨、国防、外交を担当し、そのほかの地 域住民に密着した事柄は地方政府に任せるべきだとした。これはフランスの政治家トッ クビル(1805〜59)の「アメリカン・デモクラシー」の影響を受けていると聞い た。
 後日、葉書をいただき、地方分権という言葉は、国から権限をいただくというニュア ンスがあるので不十分であり、幕末の薩長がもっていた外交権を例にあげながら、地方 が中央政府を経由しない直接的グロバリズムの方向をめざすべきだと主張された。
 諭吉の『分権論』、そして地方主権による新しい国家のあり方を考えるべしという先 生のご教示を受けて、拙著『私の日本連合国家論』が生まれた。大学時代は東洋政治思 想史の単位で「優」をいただいたが、今度の私の答案に「優」をくれるだろうか。


ひらまつ・もりひこ 大分県知事。近著=『私の日本連合国家論』(岩波書店・本体1、500円)
※丸山眞男著『「文明論之概略」を読む』上・中・下巻(岩波新書・本体各641円)