序章 ゼロからの情報発信

「地方の時代」というけれど

 最近、東京に行くたびに町が変わっていると感じる。羽田からモノレールに乗ると、天王洲アイル という新しい駅が突然できた。会議場が並び、ファッション街が現れ、殺風景だった町が一新した。 民間企業による新しいコンサートホールがあちこちにできているし、羽田空港も新しく生まれ変わった。羽田に向かう湾岸道路もできた。東京はどんどん便利になっている 「地方の時代」という言葉が使われて久しいが、なかなか地方の時代はやってこない。それどころか、 東京と地方の格差がどんどん開くばかりだ。

  恐るべき情報の一極集中    

 新聞の厚さもグンと違う。例えば夕刊をみると、東京で発行される中央紙は二十数ページもあり 東京で行われているいろいろなホールでの催し物が載っている。ジャズやロックやバレエ、前衛的な 舞台もある。東京ドームで行うスポーツや歌謡ショーもあれば、汗が目の前で飛び散るような小さな ライブもある。
 それに比べて、地方紙の夕刊は十ページぐらいしかなく、催し物の案内も申し訳程度のわずかなも のだ。文化の情報は東京に集中し、地方に住む人は高い航空運賃を払わなければ好きな舞台を見るこ ともできない。 国会での細川総理の演説は東京から流れてくるし、皇太子殿下と雅子妃の結婚式や、外国から来た スターのパフォーマンスも、東京から流れる映像を地方が受けとるだけである。
 東京が舞台で地方は観客。コンピューターでいえば、東京が本体で地方は端末------恐るべき情報の 東京一極集中である。テレビのキー局や全国紙の本社、大手出版社も大半が東京にあり、新聞、雑誌 などの定期刊行物も東京発だ。東京で起こったことはその日のうちに地方に届く。しかし、地方で起 こったことが全国に中継されるのは、台風のニュースか大きな犯罪事件ぐらいであろう。
 これでは、若者の東京集中が年を追うごとにひどくなってくるのは当たり前だ。  東京に映画館ができ、文化ホールができ、東京が文化の中心になることに異を唱えるものではない が、地方は地方で独自の文化があり、地方独自の情報があることも日本中の人に知ってもらいたい。 それが地方に住んでいる人にやる気を起こさせることになるし、それこそ本当の地方の時代というも のだ。

 情報の集中是正は地方分権で

 価値観の多様化、意見の多様化が民主主義の基本である。しかし、実際には政治、経済からファッ ションにいたるまで、東京中心に振り回されている。 どうしてこうなったのか。明治維新後、日本は、中央集権制国家となり、霞ケ関にある中央官庁がす べての実権を握り、地方の自治体の長は東京に行かねば用が足りない。中央の情報を早くキャッチし ないと、時世に取り残されるという風潮になってしまった。地方のことは地方住民の手で万事決める ようにする。いわゆる地方自治が確立しないと、情報の東京中心主義はなくならない。
 戦後、地方自治が新憲法に盛り込まれたが、依然として地方は三割自治か、それ以下に甘んじてい る。地方自治体が独自のプランで地域振興に取り組んでも、自治体そのものが中央官庁の強い権限下 にあり、バス停ひとつ動かすにも国の許認可がいる。あまりにも自由裁量の範囲が少なすぎて、身動 きがとれない。
 一方で、権限の集中は中央官庁と国会議員が癒着した、いわゆる「族議員」がはびこる利権構造を生む。現在、細川連立政権が提案している政治改革では、まず規制緩和(デレギュレーション)を行 って霞ケ関の権限を縮小し、徹底した地方分権を進めることが必要である。
 福沢諭吉は明治十年に著した「分権論」で、もし国が地方に権限を委譲し、財源を分割すると、 地方には選挙などで腐敗が横行するかもしれない、あるいは混乱が起きるかもしれないと危惧してい る。しかし、これは地方が元気である証左だから、少々の混乱があっても、思い切って権限は地方に 委譲すべきだと強調している。そうはいっても、現実の問題として「予が生涯の中にはその成功を見 ることなかるべし」と、できないことまでも予言している。福沢の生存中どころか、一〇〇年たった 今でも地方分権は進まない。

  地方分権-------まず「九州府」構想

 平成五年八月,一党支配を打破して細川連立内閣が誕生した。政治のパラダイム(枠組み)も大き く変わろうとしているし、政治改革が声高に言われている。その政治改革の一環として、地方分権が 取り沙汰されている。各方面から道州制、連邦制、地方連合と、いろいろな提言が賑やかだ。  現在の行政機構は国、都道府県、市町村という三段階から成っている。それをどう変えるのか。仮に地方分権をした場合、はたして住民サイドに立った行政サービスが保証できるのか。実情に即した こまかい地方分権論議をしなければならない。
 いきなり道州制や連邦制への移行といっても無理がある。「霞が関の権限を地方に移せ」といって も、国の地方の対する不信があってなかなか実現しない。「国まかせに慣れた地方に、分権にふさわ しい実力があるのか」「独自に地方行政を運営する熱意に欠ける」といった批判も聞く。
 そこで私は、現実的な方法として「九州府・九州府議会構想」を提唱している。霞ケ関の中央官庁の権限をまず国の地方機関に委譲する。福岡や熊本にある通商産業局、運輸局、建設局、財務局といった国の地方機関を一本化して「九州府」を設置し、長官には政府の次官クラスをあてる。九州の予算配分など、大幅な権限を与えたらよい。九州で起きている問題を霞が関から眺めていてわかるはずがない。九州のことは九州ですませるのだ。地方機関をひとつに束ねるのだから、人員、機構はスリ ムになる。
 九州府には「九州府議会」を置く。例えば、新幹線、道路、福岡空港に変わる国際空港などの交通基盤整備、筑後川の水利権調整、産業廃棄物など、県境を越えた問題や予算の配分を協議したらよい。
 一種のEC型手法である。ヨーロッパにはそれぞれ独立国があり、国の自主権は尊重するが、関税 など共通の問題はECで討議する。そのためにEC議会がある。同じように、共通の問題を討議する九州府議会をつくるのである。各県から五名ずつ、経済会の代表や女性の代表、農業の代表といった 人たちで構成し、九州府をデモクラティック・コントロールする。
 この構想は全国一律に行う必要はない。九州各県が合意すれば、まず九州府と九州府議会を先行さ せてみる。うまくいったら、四国、中国、東北と順次ほかの地域にも設置すればよい。あくまでも現 実的かつ戦略的なやり方である。
 九州府構想が軌道に乗れば、次の段階で、道州制に移行するのか、現在の都道府県に権限をおろすのか議論すればよい。それは選択枝の問題である。

  地方分権は受け皿づくりから

 肝心なことは、あくまでも地方分権は目的ではなく、手段だということだ。地域住民が中央政権による画一化、縦割り化に不便を感じているから、地方分権に取り組むのである。地域住民が地域の活性化、生活水準の向上(GNPからGNSへ=国民総生産から国民総満足へ)をはかるために、豊か さを実感できる社会を構築するために、地方分権が必要なのである。「まず地方分権ありき」ではな い。従って、どういう形の地方分権が望ましいのか、地域住民の意見をよく聞き、国民的なコンセンサスを形成しながら、繰り返し議論ををしていく必要がある。聴衆なき地方分権のコンクールであっては行けない。
 ただし、その前に地方自治体の財政基盤を強化し、住みやすい地方都市をつくらなければならない。 若者の地方定着をはかることも必要だ。各地方が同じレベルで社会資本の整備、充実を進めなければ、 若者はますます渡會へ流失して、地方定住は実現しない。若い人が定住しなければ、永久に地方分権はやってこない。地方分権と地方都市の整備、若者の地方定住を同時並行して進めていくことが大切だ。自分の都市だけで頑張ろうとしても限界がある。都市が連合して経済圏を形成することで大きな力が生み出せるし、首都圏に対抗し得る経済圏が確立することになる。

 そのためには交通ネットワークの再構築が第一だ。大分から東京まで飛行機で一時間半。長崎−東 京も一時間半だが、大分から長崎までは四時間以上かかり、鹿児島に行くには五時間二十分もかかる。 これでは九州経済圏は出来上がらない。
 ヒト、モノ、情報が循環する地域経済圏を築くには、地域間を結ぶ循環型交通体系の整備が前提に なる。現在、長崎、熊本から大分を経由して、四国、紀伊半島を通り東京に至る「第二国土軸構想」 が国のレベルで検討されている。この第二国土軸を基礎として環瀬戸内経済圏の構築をめざすと同時 に、九州でも、循環型交通体系を基礎に九州経済圏の構築をめざす。
 日米構造協議で十年間に四五〇兆円の公共投資を行うことが合意されている。第二国土軸構想に要する経費はわずか七兆円ですむという試算だ。  地方分権の受け皿として、地方拠点都市の整備、パイロット自治体といった動きも表に出てい る。しかし、そういう政治の枠組み、地方の行政システムの枠組みを変える前に、地方自身がもっと情報発信力を持ち、東京の人をはじめ、日本中、さらに世界中に誇れるような文化づくり、地域づく りをやっていかなければいけない。

  地方からの情報発信    

 世界は光ファイバーケーブルで結ばれている。将来はコンピューター技術の応用で、視覚、聴覚、触覚など人間の五感のすべてをデジタル化して、処理、再現するというバーチャル・リアリティ(仮想現実)技術が実用化されるであろう。同時に、マルチメディアを駆使した情報ネットワーク(ハイ パーネットワーク)を利用することで、あたかもコンピューター・ネットワークが一つの社会であるかのように、お互いの交流ができるバーチャル・コミュニティ(仮想的な集団関係)の時代になる。
 ところが、情報機器がどんどん発達しているにもかかわらず、東京からの情報発信だけが先端機器 の恩恵をこうむり、地方との情報格差は開く一方だ。地方は地方で独自の情報伝達のやり方を考え、 地方の情報を知らせることが大切だ。「東京から何を分散させるか」ではない。「地方に何を蓄積す るか」である。ローカル(地方的)にしてグローバル(国際的)な評価に耐える産品、文化、イベン トなどを地方でつくり出し、これを全世界、全日本と情報交流して、地域の魅力を自らつくり、若者が集まってくる地方都市をつくることだ。  情報の東京一極集中を是正し、日本全体の情報をバランスが取れるようにするときこそ、本当の意味での地方分権であり、地域の活性化に役立つのではないか。
 これから述べることは、私が大分県に戻ってから、大分という全国的には無名に等しかった一地方の県が、いかに努力して全国に情報を発信していったかを記録したものである。いわば、ゼロからの情報発信の記録である。
 「よし、俺も地方から何か情報を出してみよう」「何とか元気印の地域をつくるために一旗あげよう」という人が一人でも生まれてくれれば、この本の目的は達せられる。    

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