洋風木造三階建の先駆

田の湯館

 
 戦前の別府市は、海岸通りを始め、多くの木造3階建旅館が軒を連ねていたが、戦後改築の中で姿を消し、今は数える程も残っていない。

 特に、洋風の3階建は珍らしく、中央公民館の通り、田の湯バス停前の石塀に囲まれた建物が目につく。

 電力の鬼と呼ばれた松永安左衛門の遠戚に当たる松永万八が、明治44年から大正2年にかけて、日豊線工事を手がけた際に別荘として建てられたものである。

 当主がヨーロッパ建築にあこがれて外観をまとめてあり、寄棟造桟瓦葺の屋根は軒先をアーチ型や三角型にして変化をつけ、今は茶色のモルタルで塗り廻してあるが、当時は下見板貼でハーフチンバー様式をもつモダンな建物で、建具の桟や手摺り格子にその面影をみることができる。

 正面に田の湯館と木彫りの額をあげ、折りたたみの硝子戸を入ると、式台付の玄関で、右手応接室以外は全て和室である。2・3階の東側に広縁廊下をとった、2間続きの部屋から眺める別府湾の景観は、戦前多くの丈人墨客に愛されたものである。

 別荘ではあるが、保養所的な機能をもたせた建物の先駆であり80年の歴史を語る田の湯界隈のシンボルマーク的な存在である。
(H4.9)

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