ありふれた「三つ葉のクローバー」として・・・


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 私たちが目指すものは、生活に密着したぬくもりのある医療を提供することです
 特別なものでもなく、日常に溢れる延長の先に、より心地よい健康を見つける作業をお手伝いしたい
 いろいろな情報を通して、何よりも皆さまの心からの笑顔を感じたいと願っています



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    お知らせ

  • 内科 飯尾医師は、7月9日(土)を休診します。
  • 7月24日(日)は、日曜輪番で診療をしています。(宇都宮)
  • 8月28日(日)は、日曜輪番で診療をしています。(飯尾)

  • 小児科での受診はWEB予約をお願い致します。
     予防接種の際は必ず「母子手帳」をご持参ください。


    <更新情報>
  • 5/23 坪山医師のエッセイ「砂漠の駝鳥(ダチョウ)」をアップしました。
  • 4/25 坪山医師のエッセイ「悩みをどうすれば・・・」をアップしました。
  • 4/22 甲斐事務長のエッセイ「日本語の流麗さ」をアップしました。
  • 3/23 坪山医師のエッセイ「物言いと人間関係」をアップしました。
  • 2/22 坪山医師のエッセイ「なぜなの・・・」をアップしました。
  • 1/18 坪山医師のエッセイ「楪(ゆずりは)に寄せて」をアップしました。


  • 清川診療所は坪山明寛医師が月曜から金曜日まで診療致しますが、水曜日の午前中は休診し、三重東クリニックで診療(完全予約)致します。
  • 三重東クリニック、清川診療所では、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査を実施しております。
  • 小児科 予約システムを導入しました。携帯電話やパソコンから診察の順番取りができます。
    「小児科の待ち時間について(お知らせ)」 (pdf) です。ご一読ください。
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  • 予防接種は予約制です。必ず電話をしてください。

  • 特定健診が受診できます。予約制です。受診券と保険証を必ずご持参ください。

    ご案内(pdf)
    診療受付 月〜土曜(水・土は午前のみ)
    午前 内科・小児科 8:30〜12:00
    午後 内科 13:30〜17:00
       小児科 15:00〜18:30

    〒879-7104
    豊後大野市三重町小坂4109-61
    TEL 0974-22-6333
    FAX 0974-22-6341

    統括管理者    内科  宇都宮 健志
    副院長      内科  飯尾 文昭
    院長       小児科 別府 幹庸
    清川診療所所長  内科  坪山明寛(水曜午前のみ)
    休診日 日曜・祝日・年末年始

    □関連施設のご紹介

  • 清川診療所
     院長 坪山 明寛
  • きよかわリハビリテーションセンター もみの木
  • きよかわ介護サポートセンター 三つ葉


    ■動画のページ
     FM大分、毎週金曜日の朝、7時50分より、「関愛ヘルシーミニッツ」で健康アドバイスをしています。


    ■患者さまからの声
     当クリニックでは皆さまからのご意見をいただきながら、今後の運営に活かしていきます。貴重なご意見ありがとうございます。


    ■スタッフのエッセイ集です
    過去記事: /2015年(17篇) /2014年(19篇) /2013年(17篇) /2010年〜2012年(41篇)

    ■「砂漠の駝鳥(ダチョウ)」清川診療所 所長 坪山明寛 2016.5.23
    ■「悩みをどうすれば・・・」清川診療所 所長 坪山明寛 2016.4.25
    ■「日本語の流麗さ」三重東クリニック 事務長 甲斐敏幸 2016.4.22
    ■「物言いと人間関係」清川診療所 所長 坪山明寛 2016.3.23
    ■「なぜなの・・・」清川診療所 所長 坪山明寛 2016.2.22
    ■「楪(ゆずりは)に寄せて」清川診療所 所長 坪山明寛 2016.1.18
    ■「翌朝のポトフ」三重東クリニック 事務長 甲斐敏幸 2016.1.13








    2016年5月23日(月)
    「砂漠の駝鳥(ダチョウ)」 清川診療所 所長 坪山明寛

     仕事を終え帰宅するときに百枝平野にさしかかると、あたり一面は麦畑である。今の季節は、黄金色に輝く麦畑が広がり、一日の診療を労ってくれる風景となっている。
      麦秋や夕陽のなかにカルテ閉じ 明寛
     車中では、いつものように今日出会った患者さん達との会話を振り返りながら、俳句をひねりながらの小一時間を過ごす。
     いつもはあの人、この人と、数人の方が思い出されるのだが、どうしたことか今日は一人しか思い出さないのだ。というよりこの一人の方のインパクトが強すぎて、他の方が浮かんでこないのだ。どうしてか?それはこの方の診察中大笑いしたからだろう。ただ笑っただけではなく、この方のおおらかさ、ユーモアの心に感心し、豊かに生きる術(すべ)、認知症にならない術の一端を学べたからだ。
     どういうことかと言えば、診察初めの問診で「何か困ったことは?」と尋ねたら、ちょっと考えて「右腕が痛むかな・・」と言った。手を上に挙げることは出来たが、上腕を掴むと少し痛みを訴えた。草切りをしたとのことだったので、筋肉痛かなと考えていると、「手が後ろに回りにくいんです」と言い、すぐ「手は後ろに回らない方がいいんですが」とその方が言った。私は一瞬「いやそれは問題でしょう、不自由だし・・」と一所懸命考えていたら、その方はにやにやして「手が後ろに回るようなことはしていませんが」と言った。「あっ、やられた」と納得して笑った。「手が後ろに回る」とは、医学的意味ではなく俗に「悪事を働いて警察に捕まる」ことの意味で言ったのだ。
     私はこんなユーモアを咄嗟に言えるのは、大らかに幸せに生きている証であり、素敵なことだと思い、「いや~いいですね、あなたのその生き方、性分は」と褒めた。すると「そうですかね、そう言えば、この前歯医者さんに行った時でした。玄関から入ったら、先生と顔があった途端、先生は誰かと勘違いしたらしく『何を忘れたの?』と聞いたので、えっ何、何のことと訝りながらも、何か言わなくちゃと思い、咄嗟に『はい 若さを』と言ったら、先生が大笑いしました」。その瞬間診察室も大笑いになった。そうだ、仕事、仕事と思い直し、体重が減っていることは高脂血症に良いことなので、引き続き努力してと説明し、愉快な方を送り出した。
     しばらく心身の心地良さに酔っていた。いい、実にいい!健康とは、病気がないことではなく、その人が楽しく生き甲斐を感じて生きていることだということを,再確認した。
     サクセスフルエイジング、幸せな老年期を幸せに過ごすための要因として、身体的健康・経済的安定・役割を持つ・自立に加えて楽観主義があげられている。アメリカ国立衛生研究所が発表した、認知症予防に有望なもののひとつに「知的な活動」がある。ユーモアは楽観主義や知的遊びにつながると私は考える。
     世界196か国で、男女合わせての平均寿命84歳(2013年)と世界1位の超高齢者社会を生きてゆかなければない日本人として、「認知症は私には関係ない」「認知症なんて他人事」という態度は、「砂漠の駝鳥」に等しい。「砂漠の駝鳥」とは、砂漠にいた駝鳥がふり向くとライオンがいた。駝鳥はうろたえて、自分の顔を砂に突っ込んだ。駝鳥は何も見えず、何も聞こえず安心したというのだが・・ライオンが駝鳥を見逃すはずはない。つまり危険が差し迫っているのに、何もしないということを意味している。
     認知症にならずサクセスフルエイジングを迎えるには、日頃から知的遊びとして友達とユーモアのある会話をし、笑いのある日々を過ごす努力をしていくことが大切だと思う。
     熟した麦畑を眺めながら、私も患者さんに負けないよう、ユーモアセンスを磨いていこうという思いを新たにするのだった。






    2016年4月25日(月)
    「悩みをどうすれば・・・」 清川診療所 所長 坪山明寛

     突然だった、4月14日21時26分 携帯電話が「ヒュッヒュッ」とけたたましく鳴り、「強い揺れに備えてください」と音声が流れ、横揺れを感じた。テーブルの下にもぐろうとしたが、治まったのでテレビをつけた。熊本城が激しく揺れる画像があった。更に16日未明に「本震」が来た。この日、私は東京にいたので揺れには会わなかったが、朝のTV画面には信じられない光景があった。鹿児島に帰省する時に利用していた57号線沿いの阿蘇大橋崩壊、阿蘇神社楼門崩壊、益城町の家屋倒壊、九州自動車道のひび割れなどの惨状に呆然とした。人的被害も多くあり、被災者の声に涙を堪えきれなかった。
     18日からの診察は、まず地震の恐怖から話が始まった。特に独居の方に不安が強く、神楽会館に夜だけ避難している人もいた。避難が長期になったら、町唯一の診療所の義務として、診察に行こうとスタッフに話しかけた。診察中にも揺れが襲うと身構える。
      地震(なゐ)の主宥めすかせよ桜蕊 明寛
     地震については、方丈記にも“おびただしく大地震(おおなゐ)ふることはべりき。そのさま、世の常ならず。やまはくづれて河を埋(うづ)み、海は傾(かたぶ)きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌われて谷にまろび入る”とリアルに記載されている。
     火山列島日本では、人々が地震被害を受け苦しみ悩んできて、そして立ちあがってきた歴史がある。どうやって苦しみや悲しみから、人は立ちあがってきたのだろう。
     災害だけでなく、人は日常的に様々な悩みや苦しみに悶える。人が、悩みや苦しみから解放されるにはどうしたらよいのだろう。
     オーストリア出身の精神科医・心理学者のアルフレッド・アドラーは「人間の悩みは、全て対人関係にある」と言っている。私も40数年患者さんと接し、多くの悩み事に触れてきた。確かにアドラーが指摘するように、人の苦痛は、自分と自分以外の人との関係性において生まれてくるのが実に多い。「若くありたい」「幸せでありたい」「楽をしたい」なども、他の人との関わり、つまり他の人に、今の自分がどう見られているのかが気になることで生まれる悩みである。自分一人で生きているのであれば、比較する対象がないので、このような悩みは生じない。
     アドラーは、悩みの解決法として、他人を変えるのは難しいので、自分を変えることだと説いている。このことを自分なりに解釈すれば、「自分は自分」という自覚を持つということになる。しかしよく考えれば、自分という自覚は他者がいてこそ成り立つのだから、苦しみも悩みも他者がいることで、解きほぐれるということになり、他者との関わりを断絶しては生きられないことになる。
     では地震という自然の仕打ちによる苦しみ悩みは、どうだろう。これは対人関係によって生まれた悩みではない。自分と自然との関わりの中での出来事である。大昔なら、自然災害も人の行いの悪さに対する神の怒りであるから、アドラーの対神(ヒト)関係による悩みの構図に似ているが、現実は自然の一方的仕打ちである。こんな状況での悩みや苦しみはどう解きほぐしていけば良いのか?
     私の考えは、他者との関わりでしか自然災害の悩みも解きほぐされないということになる。つまり多くの人々による援助、支援ということでしか、自然災害による人の悩み苦しみも解きほぐされないのだ。
     今後も被災者の方々の苦しみ悩みを、自分の悩みと受け止め、義援金、生活物資など自分でできる支援を行い、被災者と心の関係性を繋ぎ続け、被災者の方々の立ち直りを支えていきたい。
     最後になりましたが、清川診療所での医師生活も、4月から4年目になります。今後ともよろしくお願い致します。






    2016年4月22日(金)
    「日本語の流麗さ」 三重東クリニック 事務長 甲斐敏幸

     TOEFL(トーフル:Test of English as a Foreign Language:外国語としての英語のテスト)は、アメリカのNPOであるETS(Educational Testing Service)が主催しているテストです。これは1964年から実施され、リーディング、リスニング、スピーキング、ライティングの4部から成り、各30点の合計120点満点です。しかし、日本においてはあまりに難しいために、もっとやさしくできないかということで、1977年、日本の北岡靖男氏がETSに開発を依頼し、通産省や経済連も要請を行い、出来たのがTOEIC(トーイック:Test of English for International Communication)です。テストは、リスニングが100問、リーディングが100問の合計200問の構成となっており、満点は990点です。2012年度は、世界150ヶ国で実施され、約700万人が受験し、日本は236万人が受けています。
    私は、このようなテストを受けたことはありませんが、英語をモノにしようとしたことはあります。でも、根気が続かず今に至っています。そういう私が申し上げるのはとても躊躇しますが、言語を習得するのに王道は無いと思いますし、地道に単語を覚えていくのが一番の近道だと思えるのです。単語を知らなければ会話はできないし、単語を知っていれば文法なんていつか分かってくると思います。
    トロイの遺跡を発掘したドイツのシュリーマンは、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語など、全部で16の言語を習得したそうですが、自著「古代への情熱」では、語学習得の記述は無く短期間の集中的な学習だったと書いています。

     アメリカが日本を占領し、日本のこれからの教育方針をマッカーサーに提出するため、アメリカの教育使節団(著名な教育学者一行)が来ました。報告書では、日本の漢字教育が多くの時間を割き、それが他の学習を妨げていることを明記しており、ローマ字の表記が良いということになりました。そして、将来は英語を公用語とし、日本の文化をそこで断ち切ろうと計画をした訳です。やがて、たくさんのローマ字の書物が出版されましたが、読めない人が多いので売れることなくすぐに廃刊となりました。占領本部の教育担当部署は、文部省を通じて、書道をやめさせたり、カタカナを奨励したりしましたが、どれも定着することなく現在に至っています。漢字は確かに難しいものだと思いますが、形を見ればすぐに認識できる文字だと思います。高高、春休みの数週間に日本に滞在して、漢字を悪者扱いして排除しようとするのは無理があったのです。後年、イリノイ大学の学長に就任したジョージ・ストダード博士(使節団団長)は、あの報告書は自分が書いたのではないと言い、もう一人の高名な教育学者ジョージ・カウンツ博士に責任を押し付けたのです。

     英語は世界の共通言語ですが、国民に多くの時間をかけて行う価値ある教育に値するものなのでしょうか。大多数が話すことなく生涯を終えている現状があります。確かに一見無駄に思えるものでも後になって振り返れば教養となっており、多くの恩恵に預かっているのは確かなことです。でも、それは基礎的なことで足りるのではないかと思います。英語を話すことを望む人だけが学習すればいいと思います。自分が勉強したいことを自発的に学習する、そういう人間を育てる教育を文部科学省にしてほしい。
    英語を話すことが国際化につながるのでしょうか。国際化って何でしょうか。英語を話すことに優越感を持っていませんか。話せないことに劣等感を持っていませんか。それは違います。私が若い頃、英単語を或る程度記憶していたものですから臆せずに外国人に話しかけたりしました。しかし、文法を咄嗟に組み立てることができないものですから、殆ど単語で会話をしていました。電話でも単語で何とか意思を伝えることができました。コミュニケーションは人との心のふれあいです。大切なことは、人を思うことです。それが美しいと思うのです。英語を学ぶために日本語を犠牲にしてはいけないと思います。もっとたくさん学びたい、日本語のように自分の思いを表現したいという人だけが学べばいいのではないでしょうか。

     日本人は強い絆で結ばれています。その大きな理由の一つに、言語が共通であることが上げられます。70年以上前に、私たちの父たちは、祖国日本を守るため、家族を守るため、屈辱を選ぶことなく、名誉を掲げ、圧倒的に優勢なアメリカ軍に挑んでいきました。勝者は、敗者に深い畏敬の想いと、戦争の虚しさをずっと持っていたに違いありません。日本は強かった。勝者は名誉ある日本人をそう讃えました。ベトナムはアメリカに勝ちました。単一民族はこれだけ勇敢で強い。中国は漢民族が多いとはいえ多民族国家で、言語は多様です。軍の士気は非常に弱く、逃亡が多いために、毛沢東は背後にも兵隊を配置したそうです。言語というのは、無くなれば文化は途絶え、やがて国家が滅んでいきます。言語を大切にすることは、大きな意味がある所以です。
    また、政治の世界ではなんと英語や抽象的な言葉が多いことでしょう。それらの言葉を多用すれば頭がいいと思っているのでしょうか。具体的な言葉が必要なのに抽象化して誤魔化してしまう。英語を使えば何故か高級に思えてくるのでしょうか。私たちはこういう傾向を知らず知らずの内に、啓蒙されているのでしょうか。

     王朝文学を読むと、日本人に生まれたことを改めて認識し、沸々と湧き上がる喜びを感じます。日本語はなんと流麗で情緒(じょうしょ)溢れる言葉でしょうか。表現は細やかで洗練され、縦横無尽な言語群を如何様にも使用できます。パターン認識とでも呼ぶのでしょうか、漢字の形を眺めるだけで、すぐに意味を把握し、情景が浮かび、美しい形容の言葉をその頭脳に刻み込みます。
    人と人をつなぐのは言語です。
    大切なことは、私たち日本人が、日本の言葉を美しいと思い、そこに誇りを持つことだと思います。
    日本語を大切に扱い、それを誇りにして世界に発信する日本でありたいと思うのです。






    2016年3月23日(水)
    「物言いと人間関係」  清川診療所 所長 坪山明寛

     春のお彼岸を待っていたかの如く、咲いた花があります。待ちに待っていた花です。春の光を浴びて、秀吉好みの金色に輝いています。
    そうです、福寿草です。今年の大寒波では、庭の花がこっぴどくやられました。君子欄が最もひどく無残な姿です、でも花芽が伸びてきています。
    毎日頑張れよと応援しています。そんな中での福寿草との再会です。嬉しくて叫びたくなるくらいでした。
      再会の雄たけび抑え福寿草 明寛
     福寿草を見つめていると、心の中にほんわかと温もりが広がってきます。花を見つめて耳を澄ましていると、花弁の姿が、艶が、そして黄色い色が存分に語りかけてきます。
     ~今年の冬は、寒いでしたね。お元気でしたか?私も必死に耐えていましたの。皆が待っていてくれるだろうから、ここで挫けてはいけないと、頑張りましたの。良かったです、こうしてまたお会いできて~
     私は、掌で抱きしめてありがとう!と叫びたかったけど、か弱い花がちりぢりになるので堪えました。
     そうだある人を思い出しました、福寿草を眺め、ほんわかな気分になっている時。その方に会うと、いつも優しい穏やかな心地になるのです。
    高齢のお婆さんです。毎月一回きちんと、お世話されている方と診療所に来られます。皺は深く多いけど、とても柔和な表情をされています。若い時には、相当に美しい方だったろうと思われます。
     手を借りながら、診察室の椅子に座られると、私の顔をしっかり見てから「お世話になります」と言って、頭を丁寧に下げられます。
    耳は少し遠くなっているけど、私の尋ねることにも、ひと言ひと言ゆっくり、丁寧な物言いで答えてくださるのです。
    私も自然と穏やかな物言いになってくるのを禁じえません。
     診察が終わると、またしっかりとお辞儀して帰られます。帰り際でした、介護の方が言われたのです。「この方が、どんな嫌なことを言っても許せるし、どんなことでもやってあげたくなる」と。
     それを聞いて、私はとても心を揺さぶられました。おそらく日常の間、あるいは長い月日の間、いっぱい大変なことがあるでしょう。
    介護される方も、カチンとくるようなこともあるでしょう。でもこのお婆さんの物言いで言われたら、介護の方は我慢するのではなく、許せると言われるのです、許せると。
    物言いが、人間関係で大きな力を持っていることを教えられました。物言いが、人間関係の有り様を左右すると言ってもいいでしょう。
     渡辺和子さんという方がおられます。岡山にあるノートルダム清心学園の理事長さんをされています。以前読んだ本の中に「『の』の字の哲学」ということが書かれていました。
     どういうことかといえば、誰かが「寂しい」と言ったら「寂しいの?」と言ってあげるのだということです。
    もし「えっ寂しい。そんな甘えたことを!」と言えば、相手は更に心が折れて、二人の間には大きな溝ができてしまいます。
    でも「寂しいの?」と優しく応じれば、“ああこの人は私の寂しさを受け止めてくれた”と感じ、相手の人はひと呼吸できて、安心が心に広がるのです。
    そして二人の間に温もりと信頼が醸成されるのです。まさに「『の』の字の哲学」は、人間関係における物言いの大切さに通じていると思います。
     介護の方に、何でも許せると言わせる、このお婆ちゃんの物言いの穏やかさは、渡辺さんの「『の』の字の哲学」にも勝るとも劣らない力をもっているのです。
    「たかが物言い、されど物言い」です。私達も一層努力して、「『の』の字の哲学」を心に留めながら、物言いには十分気をつけて、福寿草に負けないような、温もりのある語り合う診療を目指していきます。
      惜しげなく満面の笑み福寿草 明寛





    2016年2月22日(月)
    「なぜなの・・・」  清川診療所 所長 坪山明寛

     立春が過ぎ雨水となっても寒さを感じる、まさに余寒だ。でも日は永くなった。仕事を終える頃には、診療所隣の保育園児が思い思いに遊んでいる。竹馬の練習、追いかけっこ、砂遊びする子と元気いっぱいだ。
      子らの影やや短めに日永かな 明寛
    よちよち歩きの子が私の方に歩いてきた。1歳5カ月位の子だった。孫と同じ位だったので、愛おしく思え「こんにちは」と声をかけると立ち止まった。手を振るとその子もちっちゃな手を振った。その可愛い反応が、仕事の疲れを和らげたのだった。幼子が傍にいることは、大人にとって大切だ。可愛いからではない、勿論将来世話になるという打算でもない。子供に教えられることがあるからだ。
     ドロシーさんは「家族はいっしょに学ぶ仲間です」と書いている<いちばん大切なこと>。私は趣味で俳句を作る。どこの結社にも属さない自己流俳句だ。作句は通勤途中が多く、1時間に3句できることもあれば1句もできない事もある。高浜虚子の「俳句は客観写生の詩である」を肝に銘じているが、なかなか上手くいかない。
     でも先日極意を学んだ、しかも1歳7カ月の孫から。妻がメジロンダンスを聞かせ踊った。孫は一瞬きょとんとした。「さあ踊ろう」と誘うが動かない。妻の踊るのをじっと見ていた。そして2回目の曲を流し始めると、なんと踊りだした。上手ではないが可愛い仕草で踊った。「じいじ」と私にも踊れと誘うが、覚えていないので踊れなかった。私と孫の違いは、心構えの差だった。私は傍観者の心境だったが、孫は面白い!憶えようと妻の所作を凝視していたのだ。孫の姿勢は写生俳句の心構えに通じる気がした。「しっかり対象を観る」という心構えこそ写生俳句の神髄だと改めて気づかされた。
     「家族は一緒に学ぶ仲間」なのに、なんということか、「3歳児虐待死」の記事があった。しかもだ、この犯人は「やることはやった、人生に悔いはない」と言ったとある。さらに虐待の理由は「夕食時に自分にガンをつけてきたので頭にきた」とあった。ああ今この文を書いていても胸苦しくなる、空しい・・・。犯人に浴びせる言葉は封印する。ただ怯えたまま亡くなった子供に謝りたい。大人社会が守れなかったことを・・・。

    「なぜなの・・・」 坪山明寛

     つぶらな瞳を
     あどけない口元を
     今わたしは正視できないでいる
     あなたは何を見たの
     あなた何をいいたいの
     ただひと言でしょう・・・ね
     「なぜなの・・・」と
     ごめんなさい
     大人たちは答えられないでいるのです
     言葉を失い
     呆然として涙を流しているだけなのです
     あなた達の笑顔を守れなかった無力さ
     あなた達の夢を守れなかった悔しさ
     あなた達の未来を保証できなかった虚しさ
     背負わされた罪におしつぶされ
     沈黙し頬をぬらしているだけなのです
     ああ喉がつまりそうです
     つぶらな瞳よ
     やわらかき頬よ
     これだけは約束します
     あなたの「なぜなの・・・」を
     忘れはしない
     決して風化させることなく
     問い続けます
     自分に
     あなたの静かな疑問を
     「なぜなの 私の命はなぜ奪われたの・・・なぜなの?」


    幼い子供たちの命を守れる大人社会でありたいと、強く願うこの頃です。





    2016年1月18日(月)
    「楪(ゆずりは)に寄せて」  清川診療所 所長 坪山明寛

      清川町のみなさま
      明けましておめでとうございます
      本年も診療所をよろしくお願いします


     丙申の年が明けました。皆様が健康で過ごされますように、診療所・もみの木・三つ葉の職員は、全力で汗を流していきます。
     さてお正月といえば、門松、注連飾り、床飾りなどのお正月飾りがつきものだ。門松は歳神様が訪問する目印、注連飾りは神様がお隠れにならないように出口を閉じる鍵、鏡餅は神様の象徴の意味を持っている。
     小さい頃、年末になると正月を迎えるために、父の手伝いをさせられた。近くの山に行き、ウラジロと楪(ゆずりは)をとってきた。また清めるためにシラスを家の周囲に撒いた。シラスは、太古に火山の大噴火で堆積した火山灰で真白な土だ。注連縄を玄関に張る時、ウラジロと楪を真中に添え、炭・里芋・橙を括った。父は注連縄を張りながら、炭は肌が黒くなるほど元気であること、里芋は子だくさんを、そして橙は代々家が栄えるようにという意味を教えた。ウラジロは心にふた心がない、真白は心で生きよということだった。鹿児島の鏡餅飾りは、半紙にウラジロを乗せ、その上に楪を八の字に置き、その上に鏡餅を載せていた。楪は枕草子第47段(伝能因所持本)に、「譲る葉のいみじう ふさやかに 艶めきたるはいと青う清げなる・・」(ゆずり葉が、とてもふさふさと艶々しているのは、清々しくすばらしい・・)とある。平安時代の頃から、めでたい時に使われていたようだ。
     なぜ楪を置くのか、父の説明はこうだった。
    人は死んで行く。これは仕方のないことだ。だが子供は親より早く死んではいけない、そのことを願って楪を飾るのだと。どうして楪なのかと言えば、楪は若葉が成長すると、古い親葉が一斉に落ちる。このことが、子供が育ってから親が子供に代を譲る様子に似ているので、譲り葉と命名されていて、親から子へと順調に順番に、次の世代が育つめでたい植物なので正月飾りに使うのだ。
     古より逆縁は悲しまれてきた。仙巌禅師の逸話にこんな話がある。正月に、役人が禅師におめでたい言葉の揮毫を頼んだ。禅師は「祖死親死子死孫死」と書いた。役人はなんて不吉な事だと怒った。すると禅師は「じゃあ、孫死子死親死祖死」が良いのかと言ったという話だ。確かに逆縁ほど不幸なことはないのだ。父が正月飾りをしながら、楪を置く意味を語ってくれたことは、しっかり私の心に刻印されている。
     詩人河井醉茗に「ゆずりは」という詩がある。紹介する。

      「ゆずりは」 河井醉茗

    こどもたちよ、
    これはゆずりはの木です。
    このゆずりはは
    新しい葉ができると
    入れ代わって古い葉が落ちてしまうのです。

    こんなに厚い葉
    こんなに大きい葉でも
    新しい葉ができると無造作に落ちる、
    新しい葉にいのちを譲って—。

    こどもたちよ、
    おまえたちは何をほしがらないでも
    すべてのものがおまえたちに譲られるのです。
    太陽のまわるかぎり
    譲られるものは絶えません。

    輝ける大都会も
    そっくりおまえたちが譲り受けるものです、
    読みきれないほどの書物も。
    みんなおまえたちの手に受け取るのです、
    幸福なるこどもたちよ、
    おまえたちの手はまだ小さいけれど—。

    世のおとうさんおかあさんたちは
    何一つ持っていかない。
    みんなおまえたちに譲っていくために、
    いのちあるものよいもの美しいものを
    一生懸命に造っています。

    今おまえたちは気がつかないけれど
    ひとりでにいのちは伸びる。
    鳥のように歌い花のように笑っている間に
    気がついてきます。

    そしたらこどもたちよ、
    もう一度ゆずりはの木の下に立って
    ゆずりはを見る時がくるでしょう。


    お正月飾りの楪は、大人にも子供にも生きるとは?について多くを示唆してくれる。
    次第に日本古来の行事が廃れていくのが現状だが、伝統行事には、その国の芯になる教えが刻まれていると思う。グローバルという名のもとに、日本古来の価値観が薄れゆくのを憂う気持ちになるのは、私が年取った証だろうか。そうだとしても、私としては、父が私にしてくれたように、孫達が理解できる年頃になったら、お正月飾りの由来を語ってあげたいと思う。
    ゆずり葉の生きざま胸にこの年を 明寛
    最後になりましたが、今年が皆様方にとり、佳き年でありますことを、お祈り致します。





    2016年1月13日(水)
    「翌朝のポトフ」  三重東クリニック 事務長 甲斐敏幸

     寒くなってきた。
    先日長女が帰省して、由布院の湯の坪通りを歩いた。北の空を見上げると、虚空の青空に凛と立つ由布岳の雄姿が美しい。
    しかし美しい青空を塞ぐ、この電線はなんだ。憤りを通り越して悲しみが湧いてくる。
    軒先からも、これでもかと言わんばかりの看板や旗がひしめいている。
     由布院の町にとって大切なものは、「緑と空間と静けさ」と聞いた。空間を台無しにしていると思わないだろうか。
    せっかく遠い所から来てくれた方々に、こんな風景を見てもらうの?空間を大事にするなら、電線や幟は無用じゃないの?
    由布院は観光資源の町であり、それを大切に扱い、また守り続けることが必要です。
    外国では電柱は目立ちません。ヨーロッパであれば石灰岩を切り出した空間に敷設したり、景観を大切にする条例や風潮があると聞きます。
    日本は無電柱化が非常に遅れていますが、先ずは観光地からの努力をお願いできないでしょうか。
     湯の坪通りは寒いが、相変わらず観光客が多い。
    さて、底冷えのする由布院から帰宅し、温かいポトフを作りたいと思った。お正月の忙しい妻を労いたいと思った。
    じゃがいも、人参、玉葱、冷蔵庫には、きのこ類、キャベツがたくさんあった。先ずは適当に切ったベーコンを炒め、適量の水を注ぎコンソメを投入する。
    今回はボルシチ風に赤みを演出し酸味を感じたいので、トマトジュースを入れた。
    大きめに切った野菜類を堅いものから順番に入れ、最小の温度で煮込んだ。最後に美味しいソーセージを入れて再び煮込みながら、塩、胡椒で味を調えた。
     バケットと一緒に温かいポトフを食べる。味が幾重にも染み込んで幸せを感じた。
    料理を家族のために作ることが無くなって久しい。時々帰省する娘たちに、あり合わせの料理を提供する。
    美味しいかどうか分からないが、一生懸命に作りたいと思う。食べながら、自分も家族もなんとなく嬉しい。
     大きくて深い鍋に入った翌朝のポトフは、長女が帰京した後も残っている。









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